カテゴリー別アーカイブ: インド

こちらは「インド」のカテゴリーです。
今ちょっと文章が読みづらくなっています。すみません。
4月中旬まで待ってください。

列車がバラナシ駅に着くとどっちに歩いたら出口なのか分からない。
人の波についていけば出口があるのだろう。

今日もまた暑い。

駅前にはリクシャーがずらっと並んでいる。

「ヘイ!ジャポン!」
「ホェアーユーゴーイング?」
「ヘイ!」
「≦●%#▽♀ヰ?」
「20ルピー!」

色んなアプローチで僕に「乗らないか?」と誘ってくる。

よくテレビでマスコミに揉みくちゃにされている「時の人」を目にするが極端に言うとそんな感じ。

日本人を見るやいなや寄ってくる。

もしこのような状況でバラナシ駅前でわたしがキョロキョロしていたらすぐに囲まれるだろう。

ここでガイドブック開くのはまずい。

列車の中で簡単な地図を自分なりに作ってみたが実際の道がわたしの想像していた道ではない。
そもそもインドは舗装されていない道路が多い。

砂埃が舞う。

道が「道ではない」ので分からない。

わたしはどっちの方向に歩けばいいのか全く分からないのに
バラナシには何十回も来てるかのような「確かな足取り」で歩きだした。

車が沢山流れる方。

巡礼に訪れたのであろうサリーの集団が目指す方。

活気がある通りの方。

多分そっちに向かえばガンガー(ガンジス)なのだろう。

勘だ。

そんな中でも徒歩だと何分ぐらい掛かるのかだけは一応把握しておかないといけない。

わたしは次に話掛けてきたリクシャーに聞いてみた。
「エクスキューズミー」
「ヤ」
「ハウファーイズイット〜?」
「ワンナワー」
「リアリー?」
「フォエアユーフロム」
「コリアン」
「コリアン?」
「ヤ、アイウォントゥゴーガンガー、ハウマッチ」
「50ルピー」
「50ルピー?」

50ルピーなら乗ってしまおうかな。と思い運転手に釘をさす。

「ノーエクストラチャージ?」
「ノー」
「オーケアイムトラストユー」

駐車場に連れていかれ車に乗り込む。
そいつはリクシャーではなくタクシーの運転手だった。
エンジンを掛けた瞬間そいつが言ってきた。

「ドュユハブァホテルトゥナイト?」
「ソーリー?」
「ドュユハブァホテルトゥナイト?」
「ナンオブヨービジネス、ゴーゴー」

「ホワイ」

わたしは話が反れてきたと思い車から降りた。

必ず話が反れてくる。
必ずホテルを紹介してくる。
乗ったら最後。ホテルに向かうつもりだ。
たとえ向かわなくても話が反れてくる奴は金額面でも変えてくる。
また変えれるように仕組む。
話掛けてきた奴に聞いたのが不味かった。
ニューデリー1日目の「人に道を聞く時」の教訓を忘れてた。
もう信じない。
歩く。

後ろで「ヘイヘイ!」聞こえるが無視。

歩く。

「ヘイジャポン!」
砂ぼこり。
ずっと鳴ってるクラクション。
緑色のマンゴー。
道路真ん中を闊歩する牛。

終始ウンコの臭い。
ブルベリーの山。

歩く。

汗が尋常じゃないくらい流れる。
話掛けて来る奴無視。

もの珍しそうに「外人」を見るしわくちゃの老人無視。
サンダルが靴擦れ起こして痛いけど無視。

朝9時無視。

歩く。

歩く。

瓦礫の山。

瓦礫で暮らす人。

通りすぎるサイクルリクシャー。

通りすがりに見てくる奴。
全員無視。

歩く。

ここの交差点はどっちに曲がればいいんだ?
どっちの方向も賑やかだ。

これは人に聞かないと。

オーケー。センキュー。
こっちだ。

歩く。

疲れた。
ジューススタンドだ。
良さそうなおっさんに清潔そうな店先だ。
cokeプリーズ。
25ルピー?
ヤ。

冷えてない。
coke冷えてない。
まいいか。

ちょっと取り敢えずここで休もう。

ここならゆっくりガイドブックを見ることができる。

今ここら辺のはずだ。

シャッターが下りている店先のちょっとした階段にわたしは腰を下ろしていた。

cokeを飲みながら暫く休み、ガイドブックで道を確認していた。

すると「エクスキューズミー?」と話掛けてきた奴がいた。

こいつは誰だ?

次へ

ラージガードからニューデリー駅まで歩いて1時間以上掛かる。

思えば今朝のビュッフェ以来物を口にしていない。

喉が乾いたらミネラルウォーター。
腹が減ったらペプシ。

ペプシは口に残るので本当に喉が渇いている時に飲むとまた水分が欲しくなる。

インドに来て以来わたしは「ペプシが大好きみたいな人」になっている。

歩いているうちにリクシャーが捕まればと思っていたが
東京でいう「皇居前」のような幅が大きくて往来が激しい道路に歩いている人はわたしだけ。

通り過ぎるリクシャーはお客を乗せている。

ニューデリーまで腹をくくって歩く事にした。

こうして見ると「ディスイズインド」の風景も様々だ。

列の先頭で信号待ちする馬。

インドの馬車

インドの馬車


インドに行けば必ず見ることになる「レモン水スタンド」
インドのジューススタンド

インドのジューススタンド

こんな感じ。
生水は危ない。

インドのレモン水

インドのレモン水


なぜかインド人みんな乗ってるHONDAのバイク。
インド人全員何故かこのタイプでこの車種だ。
インドのバイク

インドのバイク


やっぱりインドはたまにどこ歩いているか分からなくなる。
そんな時地球の歩き方に目を落とす。
汗が「地球の歩き方」に垂れる。
汗で濡れたページを捲って解ったらポシェットに雑に入れる。
ボロボロになってきた。

歩きながらも防犯にも気を付ける。
どうにかして旅行者に見えない工夫をしてみる。

ポシェットを後ろにしてみるが自分の見える範囲、
目の前にないと誰かに強引に盗られそうで怖い。

ポシェットをリュックに入れてしまおうか考えたが取り出しに不便だし
そもそも大事な物が一緒にまとまっているのはよくない。

クレジットカードと日本円がリュックの中に。
これは非常事態用。

トラベラーズチェックが100ドルリュックの分かりにくい所。

ポシェットにはパスポート、
高額紙幣のルピー、
トラベラーズチェック50ドル、
地球の〜、
列車のEチケット、
デジカメ、
携帯、

ポケットには少額紙幣のルピーと小銭。

このポケットに少額ルピーを入れるのには理由があって、
例えば20ルピーのミネラルウォーターを買うときに
ポケットから1000ルピー札が一瞬覗かせたら
多分インド人は色めきたって「あ、こいつ金持ってるな。騙してやろ。」と思うかもしれないし
「1000ルピー!?ちくしょー、日本人は金持ちだな、」と自分を哀れに思うかもしれない。

その証拠に小さなお店では1000ルピーで支払った際のお釣りを持ち合わせていない。

日本円でいうと
1万円のお釣りが50円玉でしか返せない。

50円玉もそんなに大量にないので「使わないでくれ」となる。

100ルピー(200円)のお札ですら、
それで支払いをしただけで店主は近くにいる子供に「おい、ちょっと隣に行って10ルピー札持ってこい」となる。

変な感情を抱かせない為にポケットには少額しか入れないで少額でやり取りをする。
ポシェットに入れないのはチャックを開けた時パスポート類が見えてしまうからだ。

パスポートのありかを知らせるのはちょっと怖い。

ちょっと話しはそれるが、
インドのお札はちょっとでも破れていたら価値をなくす。

日本のようにお札の3分の2以上残っていたら云々ではない。

これまでも
この破れているお札、
ババ抜きの「ババ」をどうにかお釣りに混ぜてきて何気ない顔をしている店主を見た。

ドルからルピーに変える際に銀行員が破れている「ババ」を混ぜてくるぐらいだ。
変えろ!というとバレたか。という顔をするか
「問題ない!」と押してくる、
「問題ないなら違う札に変えろ」とこっちも引かない。

こんな場面が多々ある。

ニューデリーの駅付近

ニューデリーの駅付近


ニューデリー駅に着き寝台列車に乗り込む前に
駅ホームの売店で「袋に入ったお菓子」を買った。

この「袋に入ったお菓子」なら安全だと思ったから買ったのだが、

こちらはこのお菓子3つが全部で何ルピーか分からない。
日本のように表示もされていないし
店の親父が人を見てその場で価格を決めているフシがある。

こちらは言われた額を払うしかない。

「60ルピーだ」
「本当か?」
「本当だ。」

わたしは100ルピー札で払う。

店主はその100ルピー札をじっくり太陽の光に透かしながら偽札じゃないか確認する。

いつもの光景だ。

そしてお釣りをこちらに渡す。

こちらはお釣りがちゃんとあるか数える。
破れているお札は無いが、
20ルピーしか渡されていない。
「お釣りをちゃんとよこせ!」と言うと渋々10ルピー札をよこす。

「あと10ルピーだ!よこせ!」と言うと

ワケわからない言葉で相手にしないといった感じだ。
もういいわ!ボケ!くれてやる!

やはりこちらが100ルピー札で払ったのが間違いだった。
丁度の金額を払うべきだった。

お菓子の値段を一個一個確認すべきだった。

あー腹立つ。

全部で60ルピーの商品を100ルピー札渡してお釣30しか返ってこなかった。
あー腹立つ。

「ここにちゃんと書いてあったんだ。」と
初めてお菓子の袋の隅っこに値段が書いてあるのに気付いた。

あれ?

15、15、10。

あいつ!
全部で60ルピーって言ってたけど!
そもそも合計40ルピーじゃねーか!

騙された!
しかもこのお菓子まずいし!

インドのスナック菓子

インドのスナック菓子


今気付いたがこの頃からわたしは金銭感覚がインド人に近づいていたのかもしれない。

何故なら20ルピー(約40円)で本気で怒っていたからだ。
今でこそ40円で!?だが、

それは値切ったり騙されないようにした
ちょっとした努力の20ルピーだからだと思う。

インドで働いて稼いだお金ならもっと怒れたし感覚は近づいただろう。

それは無理だとして、
「騙された」というのはたとえ幾らでも頭を沸点に到達させる。

その時は気づいていなかったが
多分インドと自分の距離が近づいた瞬間だったのだろう。

寝台列車の僕と同じバースにはたまたま日本人男性2人とインド人のガイドが乗り合わせていた。

インドでアジア人、
さらに日本人は珍しい。

日本語を久しぶりに聞いた。

その人は「日本人ですよね?HISのツアーで大阪から来たんですよ、一人ですか?どこ回ってたんですか?空港から送迎なしでニューデリーですか!?大丈夫だったんですか?リクシャーに乗ったんですか?値段交渉して?大丈夫だったんですか?航空券いくら位でしたか??ホテル代はどの位でした?」と

ガイドさんが困りそうな質問に及んで来た事を感じたわたしは申し訳ないが以後適当な返事をした。

わたしはピリピリしていたが向こうはリラックスした感じだった。

多分いい所を見て
いいご飯を食べているのだろう。

ガイドさんがいて安全を確保されているツアー。

わたしはガイドさんに色々聞きたかったが
わたしのガイドさんではないしその日本人はそこにお金を払っている。

一緒の場所にいて全く違う境遇。

彼らはお互いバックをケアしながら、
わたしは自分の荷物を枕にする事で防犯しながら
肌触りの悪いタオルケットを被ると
列車の中で夕方18時には就寝した。
日本との時差は?3時間半。

これから15時間掛けて列車はバラナシに向かう。

次へ

この頃からわたしは「アイアムコリアン」と言うようになった。

日本人はインドではなめられやすい。

お金を持っているし、騙しやすいし、意見がないからだろう。

インドではコリアンは気が強いというイメージなのだろうか。

先程話し掛けて来た客引きも「ホエアユーフロム?」と聞いてきた。
「フロムコリアン」と突き放した。

客引きは「ニーハオ!アイムインディアン!」と調子を合わせてきた。

それチャイニーズだし!知っとるわ!
思わず日本語が出てしまった。

インドに来てリクシャーには乗らないと決めていたがコンノートプレイスからラージガードまでの距離は乗らざるを得ない。

わたしは初めて自分の意思でリクシャーを停めた。

「アイウォントゥゴラージガード、ハウマッチ」
「70ルピー」

「70」といわれわたしは高いか安いか知らなかったが
高く吹っ掛けてるに決まっている。
「20にしろ」と言って強気に出た。
運転手は首を振って過ぎ去った。

わたしは「そんなに無理難題か?」と思いもう一台停めた。
「ハウマッチ?」と聞くと
「50!」という、
わたしはだめだ「20だ」という。
首を振って走り去った。

1台目と2台目が吹っ掛けてきた額が違う。
「ってことは1台目のヤローはかなり強気にきたってことだ。」

リクシャーは何台か停めてその距離の相場を知った方がいいと思った。

商品に料金が表示されていない国。
表示されていても「外国人料金だ!」と増してくる国。

僕の「20」という数字も向こうにしてみれば「いやいや!お客さん!」の額なのだろう。

僕は結局次に来たリクシャーで「50」で乗り込みラージガードに行ってもらった。

初めてのリクシャーだった。

インドのリキシャー

インドのリキシャー


風を感じて気持ちいい。
常に徒歩で移動していたので凄く涼しい。

クラクションをすぐに鳴らすし鳴らされる。
走っていてもガタガタ部品が取れそうだ。
「この距離は歩けないな」と思う。

インドに来てリクシャーに乗らないで色々回るのは無理な事が分かった。

そうなると付き合い方だ。

リクシャーでのよく聞くトラブルは最初に料金を決めておかないとあとでトラブルになるという事。
また間違えた所にわざと連れていかれ「あと30払ってくれないと行けない。」と無茶苦茶言われる事だ。

「こいつはどこに連れていくんだろう。」

やはりわたしの心が休む事はない。

わたしは逐一「ここはどこだ?次をどっちに曲がるんだ?あと何分掛かる?」

と時折マップと答え合わせをしながら相手を牽制をする。

「俺は知ってるぞ」とアピールする。

このリクシャーは確かに最短ルートを通っていた。

ラージガードに着いた。

「あ。本当に着いた。」
と感動したぐらいだ。

わたしは「ユーアーグッドドライバー、アイウィルペイサムチップ」というと

それまで黙っていた運転手はすごく照れ臭そうに笑って受け取った。

リクシャーに騙されるとよく聞く、
それは多分わたしの方も悪いのかも知れない。

ある程度場所までの道を頭に入れて確認しながら行くこと。
任せっきりにしないこと。
運転手の気分を乗せること。
おとなしそうだったり身なりが綺麗な運転手を選ぶこと。

多分これがインドでリクシャーを快適に乗りこなすコツだと思った。

わたしは無事ラージガードに着いた。
わたしはインドに行く前に映画「ガンジー」を観ていて、
「あ、ここがガンジーのお墓かぁ、」という思いに耽る。
思えばインドに来てこんなに綺麗に管理されている所は初めてだ。

ウンコが一つも落ちていない。
腐った臭いもしない場所。
客引きがいない。

クラクションの音が聞こえない。
初めてニューデリーでこんな綺麗な所を見て珍しいので写真を撮ってしまった。

ガンジー記念公園

ガンジー記念公園


ラージガードは入り口でパンフレットを配っているおっさんがいる。
「靴を脱げ。」という。

宗教上の理由か
「どうせお前らニューデリーでウンコ踏んできたんだろ?」か、

どっちかの理由だろう。

わたしはサンダルを預けてノーマネー?と聞く
「ノーマネーだ」という。
中に入る。
中に入るというというよりは先程歩いてきた続きで
公園が目の前にあるといった感じだ。

ゲートを通過すると四角く回れる順路になっていて

真ん中に黒い背の低い平たい大きな墓というか記念碑みたいのがある。

みんなそこで拝んでいる。
わたしはヒンドゥではないので拝まない代わりに写真も自粛したが、

それより何より地面が熱くて熱くて素足にはこたえる。
ぴったり足の裏で立っていられない。

僕は爪先立ちしながらマハートマー・ガンジーさんを想う。

だんだん爪先も熱くなってくる。

重心を変えてかかと立ちしてマハートマー・ガンジーさんを想う。

だんだんかかとも「あちっ」になる。

ならばと土踏まずでマハートマー・ガンジーさんを想う。

「あつっ。」となる。

今度はその間に冷やしといたおいた爪先でマハートマー、

もういい。

マハ・ガン。
やめだ!やめだ!

ただの「これができたら100万円」じゃないか。

非暴力が化けた暴力じゃないか。

照りつける太陽の光を吸っている石畳は本当に熱くて素足では無理だ。

拝んでいるインド人にしてみれば「プールサイドか!」と突っ込まれそうになりながら帰っていく東アジア人。
「あいつ何しに来たんだ?」だろう。

わたしは「靴を返して」と入り口で言うとおっさんは乱暴に靴を台の上に出され「引換券をよこせ」と言う。
「もらってない!」と言うと「100ルピーよこせ!」と言う。
わたしはその瞬間
「あ。こいつ、わざと渡さなかったな。」と確信し
無視してサンダルを履いて帰った。

本当に向こうが正当で必要なお金ら「お客さんちょっと!」と追ってくるはずだ。
だが走って追ってこない。
それが『答え』だ。

多分集団の外国人にはやらないのだろう。

一人で来ている日本人だからなめられた。

わたしはまたインド人にショックを受けた。

ちゃんと目的地で降ろすリクシャーもいればこういう奴もいる。

わたしはラージガードに隣接するガンジーが撃たれた場所「ガンジー博物館」に行くことにした。

ガンジー記念公園

ガンジー記念公園


ただ博物館に入ってみるがどこを探してもモニュメントはない。

後に聞くとニューデリーには
「ガンジー博物館」と「ガンジー記念博物館」があり
撃たれたモニュメントがあるのは「ガンジー記念博物館」だそうだ。
両者はとても離れている。

わたしは芥川龍之介が好きだが、
もし東京の同じ田端に
「芥川龍之介博物館」と「芥川龍之介記念博物館」があって
館長の僕が外国人に「こっちが博物館であなたが仰っているのは記念博物館です。博物館と記念博物館は違います。そして場所はかなり離れています。残念でした。」と説明したら
「紛らわしいんだよ!」と怒られそうだ。

「あー、喉乾いた、」と入った食堂でわたしは蝿のローリング族にブンブンおちょくられながらミネラルウォーターを飲みほすと「そろそろ時間か」と立ち上がる。

次へ

バラナシ行きのチケットはあっさり取れた。
バラナシ行きのチケット

当初の予定通り夕方から15時間掛けて寝台列車でバラナシへ行ける。

そして朝のガンジス川が望める。

日本でこのチケットを取るためにメールアドレスを変えて
クレジットカードを作ったり
インターネットカフェに通いつめたりもした

しかし取れず、
ホテルでぼったくられそうになり、
ようやく取れたチケットだ。

「よしコンノートプレイスにいこう。」

夕方までの空き時間をこのインドという国を知る時間にしようと思う。
「コンノートプレイス」という商業公園施設はイギリス領だったインドの面影を残している所だ。
コンノートプレイス広場

ニューデリーにあってメインバザールのような不潔で雑多な感じではないし
主に外国人旅行者がお土産を買ったりできる所だ。
なので例によって
騙そうとする輩が何人も声を掛けてくる。
そいつらに一瞥も与えず歩いていると見覚えのある看板に出会った。

「あっ。マクドナルドだ。」
インドにマクドナルドがある安心感。
マクドナルドがあるだけでどんなに心が安らぐか想像してみて欲しい。

世界共通はサービスの保証で、わたしは他の外国人がそうするように当たり前にいざなわれた。

インドのマクドナルドには入り口に「ドアマン」がいる。
それだけ庶民には高級な食べ物なのだろう。

銀座にある「なんとかガッパーナ?」とかでしか観たことない。

ここインドには「アデダス」にもドアマンがいる。

インド人にしてみれば「うわ、あいつアデダスに入ってったぞ!所得あるなぁ・・・。」だろう。

インドはヒンドゥー教が主な宗教な為牛肉を食べない。
またイスラム教も多い為豚肉も置いてない。

こうした事でマックでは「ベジタリアンバーガー」などが置いてあった。

菜食主義は厳格なヒンドゥー教徒で今ではヒンドゥー教でも肉を食べる人もいるらしい。
ただ厳格なヒンドゥーは他のイスラム、スィク、ジャイナ、キリスト、仏教などの人達と同席して食べる事もしないという。

わたしはベジタリアンバーガーは
不味そうだったので食べなかった。

そういえばエアーインディアの機内食も不味そうだったので食べなかった。

折角インド来たんだし、
ちょっと文化に触れてみては?
無理して食べてみては?と思うかもしれないが、
わたしはマックさえも信用できないショックをインドで既に受けていた。

そして「不味そう」というのはわたしが日本人を感じる瞬間でもある。

気付いたのは、
違う国に行くと自分は日本だという事を強く感じる事がある。
わたしの場合「不味そう」はわたしが日本人を感じる瞬間の一つだった。

わたしはコーラだけ飲んでいた。

コンノートプレイスのマクドナルド

コンノートプレイスのマクドナルド

隣のインド人カップルに
「映画館は何時からか」聞く。
思えば朝5時にホテルを出て8時にチケットを取って、まだ10時だ。

インドではカップルを見る機会がほとんどない。

多分伝統的な宗教を崇めている家庭で育った子供はおおっぴらにカップルでデートはしないのだろう。

ほとんど見ないカップルの中でも大体目にするカップルは18歳らへんの高校生でTシャツを着ている。

以降、
インド最終日まで街を歩いていてカップルを見るのはほとんどない。

年間300本も産み出されるインド映画を観に映画館へ。
ただ行って気付いたがインドの映画を観る気は起きない。
インドじゃない違う映画を観る。
260ルピー。

日本円で500円ぐらいだ。
インドの映画館はセキュリティチェックが厳しくて
入り口で持ち物検査をされ、係員のボディチェックに万歳の体勢から金属探知機でチェックをされる。
「映画観るだけなんだけどなぁ」と思いながら、係員にデジカメを預け札を受けとる。

「しかも爆発や銃撃戦の映画なら多少納得だけど俺が観るの『トイストーリー3』なんだけどなぁ。」

マフィア映画じゃないんだけどなぁ。

トイストーリー3は終始英語だったので何言ってるか分からない。

映画を観ていてある場面でインド人は全員笑っているのにわたしは全然笑っていない。
なぜならわたしには3Dのこいつらが何を言ってるか分からないからだ。

周りのインド人は笑っていない僕を見てさぞ「何か身内に不幸でもあったのかなぁ」と思っただろう。

わたしの身内はピンピンだ。

わたしはただ「この帽子のおっさんは何を言ってるんだろう」と思ってただけだけど。

インドの映画は途中休憩時間がある。

みんな当たり前のようにどこかにポップコーンやペプシを買いに行く。
慣れていないわたしはずっと席に座ってた。

周りのインド人にしてみれば「あの日本人マジかっ!そんなに後半が待ち遠しいかっ!」だったろう。

映画が終わったらすぐ外に出る。
ただインドの映画館は出口が決まっている。
スクリーンのある前の方の扉が開きみんなそこから並んで出る。
暫く細い通路を歩いて外に出たと思ったらゴミの山に出た。

ん?なんで?

映画館の裏手から出された。

NHK7時のニュースの環境資料映像みたいなゴミ山に出た。

なんでトイストーリー3を観終わったらゴミの山に案内されるのよ。

『ディスイズインド』めっ!

「あ。デジカメ。」

わたしは映画館の裏手に出てぐるっと廻って歩きます。

なんでなんだよ!
と腹立って映画館の入り口まで5分ぐらい歩いて
やっと着いてセキュリティチェックやってるインド人に札を渡したら
変なリュックを渡されました。
いや違うわ。カメラだよ。
カメラ渡されました。

人の預かったもの間違えるって!

じゃぁこの札何の意味があるんだよ!

あーインド腹立つ。

その後コンノートプレイスを歩いていると人だかりを見つけます。

何やらおっさんが座っています。
蝿が何十匹も舞う中
ビニールから乳製品を取り出して
変なアルミから豆を取り出して混ぜています。

コンノート広場で売る男

コンノート広場で売る男


わたしはその臭さと汚さで
「おぇ」っとなる。

周りのインド人5、6人もさすがのこれには
「このおっさん何作ってんだ?」と思っているのか眉間に皺を寄せている。

わたしは「あ、やっぱりインド人もこれには距離を置くんだ」と思ったら、

一人のインド人がお金を払っている。
おっさんが腐った物を渡します。

そしたら今まで見ていた周りの人が次々とお金を払う。

おっさんはみんなに腐った物を渡す。

そう。
「そんな汚い物作って!なにしてんだ!」と周りが軽蔑してしかめっ面になっていると思っていたそれは、

実は周りのインド人は
外の気温が余りにも暑くて眉間に皺が集まっていただけ。

そして買うために並んでいただけだった。

並んでたんかーい。

コンノートプレイスもういいわ!

わたしは寝台列車が出発する夕方迄の間

オールドデリーの遥か向こうラージガード(ガンジーが撃たれた場所)を目指すのでした。

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「どこから来たのですか
?」

隣の中国人男性が朝食を食べながら話しかけてきた。

新聞を広げ、ビジネスマンのような装いで、インドに慣れた感じが見て取れた。

わたしは簡単な英語で答えると妙に同じアジア人(インドもアジアだけど)ということに共感を覚え、

圧倒的ストレスを感じている今までの苦悩を共感してもらいたかったし、

インドについてのいろいろな事を聞きたかったが急いでいるようなので止めといた。

彼はわたしのテーブルの上に並べられた食事の量とバックパッカー丸出しの姿を見て話しかけずにはいられなかったのだろう。

アラカシャン通りを3分ぐらい入っていったミルク販売店の隣「アジェンタホテル」のレストランは250ルピーでビュッフェだった。

2010062811220000

わたしが沢山ある料理の中からベジタリアンカリーを何杯もおかわりしていると
興味を持ったのかお店のオーナーがいろいろ話しかけてきてくれた。

「わたしの兄弟が四ッ谷いるよ」

「四谷に?」

「お店を出しているんだ。」

あつあつのナンのような物を運んできてくれる。

「このナンはエクストラチャージ?」

笑って首を振ってた。

「これは何だ?美味しい。」と聞くと

「アールブラータ」だという。

ナンの中にポテトが入っている。

今思い出しても「アールブラータ」がインド料理で一番美味しかった。

喉が乾いていたわたしは
マンゴージュースを何の抵抗もなく流し込んでる途中「しまった!これ生水使ってるかもな、腹下るかも。」と気付く。

ただそんな事いったら先程から飲んでいるベジタリアンカリーも水で作られているはずだ。

わたしの不安を打ち消してくれたのは向こう側で座っているヨーロッパのカップルの存在だった。

彼らはもう毎日、何時間もここにいるような雰囲気で場に馴染んでいた。

多分何かのガイドを見てここに来たのかそれともここのホテルに泊まっているだろう。

他にも先程の隣の中国人がむしゃむしゃ。

わたしはここは
「大丈夫なレストランだ。」と思った。

もしこれが今いる店内のお客さん全てインド人だったらわたしはマンゴージュースを吐き出さなくちゃいけない。

なぜなら地元人が来るようなお店はわたしと『同じ種類の胃』ではないからだ。

「大丈夫なレストラン」を見つけるとその街で何とか過ごしてゆける。

なんとか「生きて行ける」と思う。
お腹が空いたらまた戻ってくればいいからだ。

インドでエコノミーな旅をしていると信用できるレストランを見つけ出すのは難しい。

日本なら旨いお店か不味いかの違いだが、

インドでは『大丈夫なお店』か『ヤバイお店』かしかない。

しかも圧倒的にヤバイお店が多い。

それはある程度高いお金を出したら全て大丈夫なお店だろう。

わたしはエコノミーな旅での「大丈夫なレストラン」を見極めるポイントを3つ発見した。

ひとつは、

『店内に外国人のお客がいる事』、

店内に外国人がいるということは料理に対する価値観が先進国に認められたお店であることを示している。

なので対外的においしい・大丈夫という評価をもらっているお店ということになる。

2つめは『値段がしっかり書いてあるメニュー表がある事』だ

インドの物価はしばしば外国人価格と自国民価格を設定している。

同じ商品でもどっちが買い手かで値段が違うのだ。(これによって多くの旅行者が被害を受ける)

向こうにしてみれば貧乏人(インド)が旅行者(金持ち)からあらゆる手段を使ってふんだくってやろうという考えなのだろう。

なので、この国で物の値段を買い手にはっきり表示するという事は(日本では当たり前だが)「この物の値段は外国人でもインド人でも同じ値段ですよ」と潔く提示していることになり、

ある種の「信用」なのである。

そういったお店はお会計の際にぼられる心配もないし、言っていた値段とちがうじゃないか!という心配もないのだ。

これはその店がしっかりとした先進国の価値観を備えているお店ということになり「大丈夫なお店」ということだ。

最後は「ピカピカのタクシーが入り口前に停まっているお店はサービスがいい。」だ。

タクシーを使うのは外国人か、ネオインディア(急成長するインドの中でのし上がっていったインド人)しかいないからだ。

なので「この人達を満足させることができるお店」、「信用できるお店」という判断ができる。

多分この3つをクリアーしてる所は食中毒やぼったくりのケースは少ないと思う。

このような自衛の為の偏見をわたしはこの2日間で学んだ。

蓋が空いてないミネラルウォーターを蓄えにしてそれをポシェットにぶち込むとニューデリー駅に歩いた。

わたしはインドでなんとか生きてゆけそうだ。

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2010062809040002
「これは死ぬかもしれない。」

早朝5時ホテルを頃軽い気持ちでニューデリーを歩き始めた。
わたしは
「列車のチケットオフィスオープンまでに3時間あるし、コンノートプレイス(こちらでいうでっかい代々木公園をラゾーナ川崎のような商業施設が周りを囲んでいるような場所)まで行って帰ってきてメインバザーにある日本食でご飯食べて駅オフィスまでいこう」と安易に考えていた。

歩いていると声を掛けられる。

ニューデリーに着いて以来
全然関係ない所に下ろされる、
道を聞けば嘘を言われる、
ホテルの奴は金を巻き上げようとする、
寄って来る奴は騙そうとする、
信用できない国だ。

最大の防犯対策は自分の意志だけ。
寄って来た奴は「いけ!」「構うな!」「触るな!」
何言ってるか分からないヒンドゥー語で近づいて来る奴は
「なんでこちらを外人と分かりながら自国の言葉で寄ってくるんだ。」
というのもあり、
暑さと、苛立ちと、詐欺多さにこちらも日本語で返す場面も多々ある。

もちろん日本語は伝わらない。
ただ日本語で怒ると向こうの人は何言ってるか分からないためちょっと恐く感じるみたいだ。

これは効く。

あと声を掛けて来る奴の対策は、
目を合わせない、
もし合ったら
話を聞く意志がないことを伝える、
早歩きで歩く
しつこい奴は怒る

これは悪い虫が付かない、事件になる前段階の予防策。

ちょっとでも緩んだら終わり。

「そこまでしないでも」と思うかもしれないがそこまでしないとダメな国。

ツアーで行ってたり、ガイドさんがいたらまた違っただろう。
インドのいい所だけを回って
いい距離感で人と接する事ができるだろう。

ただ一人は狙われるし向こうはすぐ距離を縮めてくる。
ましてや「日本人」というのはいいカモとして定着している。
必ず「お前はどこから来た?」と聞かれる。

「日本人だ」というと話を進めてくる。

過去に日本人をぼったくった経験があるから聞いてくるのだ。

今後インドに来る日本人が被害に遭わないために、
「日本人は気が強くて恐い、一筋縄ではいかない」というイメージをこいつらに植え付けないといけない。

わたしはコンノートプレイスに行くのは止める事にしまた。
「コンノートプレイスはここからどのくらいある?」
「車で10分だ」
「車で10分?本当か?」
「本当だ」

とてもじゃないけど歩いて行ける距離じゃない。
また戻ってくるのも一苦労。

「メインバザーで日本食屋さんが空くまで待とう。」

ニューデリー駅正面にメインバザーという活気に溢れた通りがあるが
そこは道路も整備されていない所。
日本でいう「原宿竹下通り」だろう。

朝方のメインバザー
↓↓↓
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朝5時に行ったので店は閉まっていたが、
不潔極まりない所。
日本食の美味しいお店があるとガイドに書いてあったが
僕はオープン前のそこに行きましたがまぁ信用出来ない。

動物園の檻の中だろ!という匂いが辺りを支配していて
牛の糞、埃、蠅の量、

近くに露店商がありますがただ家の中が暑いから壁を打ち砕いて露わになっているだけだ。

生水もダメ、外も不衛生、
家の中のキッチンが綺麗な訳がない。

「これはやばいな、食べれないなぁ」

ただ昨日の機内食から何も食べていないわたしは
散歩がてら歩いたつもりが大きな目印がないインドで迷い、

朝方襲った砂嵐と暑さで体力を奪われ、
ジューススタンドも開いてない(インドでは自動販売機は防犯上からか1つも置いてない)

お店もやっていない、
やっていてるお店は生命の危機を店頭で感じる、
道路は臭い。
腹減った、喉カラカラ、
2010062809480001

この旅始まって初めて
「これは死ぬかもしれない。」と感じる。

そしてわたしはたまたま2、3人でたむろしていたインド人に
「この近くに水が売ってる所あるか?」と聞くと
「ここだ。」と言われる事になる。

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ニューデリー

歩いても歩いても予約していた「hotel LEGEND」に着かない。

日が暮れようとしている。

「地球の歩き方」を持ちながら歩いてると『カモ』にされる。

周りのインド人にしてみれば「あいつは旅行者だ!」「日本人だ!」「金を持っているはずだ!」と。

そう書いてあったがわたしは堂々と見ながら歩いた。
見ない余裕はない。

最初はインドのカルチャーショックを楽しんでいた
「うわ。黒く塗ってある所をまた塗ってる。」
「あんな所草むしってる。」

「なんだあのレモンのジュースの屋台。絶対危ないじゃん。」
ただ、
次々に目に飛び込んでくる物が私を不安にさせた。

日没で薄暗くなる辺り、
案内標識が一切ない交差点、
舗装されていない道路、
「Do you speak English?」が通じない。

何もないのに外でたっている人、
前髪を前で縛る人、
砂利道、
行き交う牛、
じめっとした暑さ、
不潔な人、
クラクション、
バイク、
人力車、
リクシャー(3輪車バイクタクシー。今後問題になるのでお見知り置きを。)
↓↓↓
インド1日目②

ハロージャポン!、
牛の糞、
山羊の糞、
人の糞、
アンモニア臭、
蠅、
ゴミの山、
瓦礫、
排気ガス、
砂ぼこり、
ポシェットをじろじろ見る奴
笑う奴、
全く目が合わない奴、
サリーの集団、

これら全てが一緒の画面として目に飛び込んでくる事を想像してみてほしい。

ニューデリー。
日本でいう「東京」がこんな感じ?

「これあと6日間どうしよう・・。」

サングラスを掛けると目の動きを読めなくて不安になるから客引きがあっさり諦めるらしいが
わたしのサングラスはしっかりフィットしないくて汗でずれ落ちてくる。
現地に行って気付いたが街頭もない所を道も知らない奴がサングラスを掛けたら視界を遮るような行為でますます迷う。
すぐにリュックに閉まった。

アラカシャン通りにあるhotel レジェンドに自力でたどり着くまでに数多くの人に道を尋ねたがかなりの確率で嘘をつかれる。

「アラカシャン通りはどこですか?」
「向こうだ。ここ真っ直ぐ行って左だ。」

だが真っ直ぐいっても
砂利道ともいえないほぼ砂の上の道に道路の案内板はなく、
「え?どこを曲がればいいの?」
別の奴に聞く。
「アラカシャン通りはどこ?」

「逆だ!逆!真っ直ぐいくとブリッジがあるから!そこを右だ!」

インドの人は道を訪ねられるとたとえ知らなくても「知らない」とは言わないらしい。と聞いたことがある。

わたしはここまでの失敗から道を聞くときの3つの自衛策を産み出した。

1つ目に、
まずインドでは聞く人を選ぶこと。
警察やターバンを巻いているような階級の高い人、
道を教えても全く利害が発生しない職業の人、
一回自分の目の前を声を掛けないで通りすぎていった人、

逆に
リクシャーやタクシー、話し掛けてくる奴や、ちょっとでも反応が遅れた奴は全くあてにしない方がいい。

お金が発生したり全く別の所に向かわされる。

2つ目は、
そいつが本当に信用なる奴か確認する。
確認方法は、
自分が知っている場所をあえて聞いて
方向と掛かる時間が正しかった場合、
次に本当に聞きたい場所を聞くということ、

3つ目は1人に聞いただけで判断しない。最低3人に聞いて判断するということ。
このように何重ものフィルターを通さないと信頼できる情報は得られず
自分の身は守れない事に気付いた。

このような予防策でわたしは4時間近く歩るき
ようやくアラカシャンロードにある看板のないhotel レジェンドに着いた。

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【アーグラの夜猿】あらすじ

ニューデリー

私は長いフライトの所為で腰を痛めたみたいだ。

どこをどうひねれば元の腰になるのか入国審査までひねりながら歩いていた。

日本人はいないみたい。あれは韓国人だろう。

そういえば機内で席が隣だった韓国人はどこにいったのだろう。

むんっとした空気の空港内に響き渡るアナウンスに耳を傾ける奴はいなく英語のプラカードを持った奴が市内まで送るお客を探している。

空港でドルをルピーにした方がいいとガイドブックに書いてあったからその通りにした。

もし空港で太陽のポーズをした方がいいとガイドブックに書いてあったら私はそうしてたかもしれない。

ガンディー国際空港に着き、市バスに乗ってとりあえずニューデリー迄行かなくてはならない。

バスターミナルが見当たらないのでカタコトの英語で尋ねると「あそこだ」と教えてくれる。

汚いバスに乗り込むとインド人が乗り込んできた。

彼等は一様に驚いた表情で私を見て、暫くすると飽きて、黙って出発を待っていた。

どうやらこのような「市バス」で市街地に向かう外国人は珍しいらしい。

皆タクシーで向かうらしい。

私は遅れて徴収しに来たインド人に(バングラディッシュ人かもしれないしパキスタン人かもしれない。)訳も分からず何ルピーか払いバスに乗る権利を得た。

1000ルピーだ!といわれたら1000ルピー払っていたのかもしれない。

この150ルピーが高いのか安いのか私には分からない。

バスはやがて動き出した。

驚いたのは車のクラクションだ。
日本ではクラクションは「危ない!」の意味で鳴らしすが、
インドでは「おい!来てるぞ!」の意味で鳴らす。

インドには車線がない。

だから走っている車の横を通り過ぎる時「おい来てるぞ!」と鳴らす。

皆が皆隙間を縫って走行するから皆が皆クラクションを鳴らす。

それも1回につき何回も鳴らす。「プーップーップップププ」これで1回分。
これを何回も、
車の横を通りすぎる度に鳴らす。

あなたが住んでいる近くにある一番大きい道路を想像してほしい。
他の車を通りすぎる度、対向車が来る時、全ての車が何回もクラクションを鳴らして行き交ってる所をだ。

つまりは秩序がないのだ。
危なくないのに鳴らす。

外から見える景色は私にとって新鮮で異常だった。

広い道路の路肩でレンガを積む小さい子供

どこからかリヤカーで石材を運ぶ少年

空港から歩いて市街地に向かう家族の集団。

タクシーはバスを抜かし、

リキシャー(3輪自動車)はその間をかいくぐり

荷台を取り付けた自転車は堂々と道の真ん中を走る。

信号がないこと、ガードレールがないこと、路肩がないこと、

横断歩道も中央線も見当たらなかった。

早くも混沌を目の当たりにした私を悩ませたのはこのローカルバスには次はどこのストップか、案内が全くないことだった。

日本のように電子案内板もなければ、路線地図もない。

驚くことにバスストップもない。

たまにバスのスピードが下がり、徐行速度になると

皆いっせいに降りる。入ってくる。

案内アナウンスもない。

今どこを走っているのかわからないのだ。

私は「ニューデリーに行きたい。次はニューデリー駅近くのバス停?」と近くのインディアンにたまらず聞くと、

彼は「ニューデリー?今の所がニューデリーだったんだぞ?降りろ!降りろ!」
と促す。

その騒ぎを聞いた運転手が気を利かせバスは急遽停まった。

私は「センキュー!」と感謝を表して「ぽんっ」と降りた。

「なんていい奴なんだろう、助かった、」
と。

ただ後々分かったのだが降りた場所は
『オールドデリー』で『ニューデリー』とは8キロ離れた場所に位置していた。

私はそうとは知らずクラクションが鳴り続ける道路を歩き始めた。

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【アーグラの夜猿】30手前の芸人が1人バックパックでインドへ行った話

『ご報告』

突然ですが
わたくしもりたけんじは
6月27日成田12:00の便で7月4日までの7日間インドに1人で行ってきます。

実は1ヶ月前から動いていてパスポートを取り航空券を取り本日ビザも取得しました。

もともとは「銀座のママ学」みたいな名前の本を立ち読みした事がきっかけでした。

その本の銀座のママがいうには『1人暮らしと1人で海外旅行をした事がある男は一目で分かる。』ということでした。

童貞の男はすぐ分かるし
実家暮らしの男もすぐ分かるといった所でしょうか。

最近僕の中で流行っている考えがあります。
それは「これは何を僕に教えてくれているんだろう」という考えです。

この本と出逢った事は何を僕に教えてるんだろう。

なんでもそう思うとちょっとした「運命」を感じ、ちょっとした出逢いやアクシデントを大事にして変われそうです。

このようなきっかけや考えのもと僕は20代最後の年にもう一度地獄を見に行く事にしました。
地獄は人を成長させる事は過去に実感していますし

僕には合っているみたいです。

なのでいい噂を聞かない「人間の森」インドです。

僕の人生のターニングポイントは
27で先輩の運転手をしたことでした。
多分それは80歳になっても「あの時だったなぁ」と思えます。

そしてまた日に日に「成長したい」「昨日の自分よりちょっとでも成長したい」「大きい奴になりたい」という欲が出てきました。

少しの期間ではありますがいろんな価値観に触れて将来の芸の糧になるようなものを探して身につけてこようと思います。

成田に帰って来たとき何か変わってる自分に期待し、
10年後の将来に先行投資したいと思います。

ニューデリー(コンノートプレイス)→アーグラ(タージ・マハル)→バラナシ(ガンジス)をツアーを組まず一人で歩く旅です。

本日ビザ取得したこれを機会に明るい色の報告をさせていただきました。

因みにそのきっかけとなった本に
全てが決まったので報告しに行ったらもうどこにもありませんでした。。。

いろいろご批判はあるのは承知ですが僕は僕の価値判断で動きます。

死んだら笑ってください。

インド1日目①へ

ABロードで2.9万で航空券あるんよ。事務手数料なし。オープンジョー。訪問可能都市1都市。5月末までに購入すれば別支払いの燃料サーチャージ上がらず。

バングラディッシュのダッカから帰国してもいいし、ネパールのカトマンズからでもいいし、コルカタでも、インドネシアのテンバザールでもいいんだって!

上海乗り継ぎで5000円でストップオーバーもできるらしい!

インドはネタの宝庫だから行きたいんだけど、

中国行って中国語を会得したいし。

これ迷いどころ。

5/20までに結論出すわ。

5日目の今日は移動日。

朝9時45分にホテル前に来るタクシーに乗りバラナシ空港に向かう。
バラナシ空港から国内線で2時間掛けてニューデリーへ戻る。
ニューデリー発夕方の列車でアーグラへ。
夜アーグラに着いたらとりあえず『タージ・マハル』近くに行き今日寝るところを探す。
これが今日の旅程。

わたしはオーナーにタクシーが9時45分にホテルの前に来ることを確認すると「アイアムゴーイングトゥショッピング」と告げる。
オーナーは何故か「何を買うんだ?」と聞いてきた。わたしは「アイウォントゥバイサリー」とやっつける。
すると「サリーをいくらで買うつもりだ。」とオーナーの興味は尽きない。

わたしは「800だ。」と適当に答えるとオーナーは「オーケー。
わたしの友達にサリーを売っている奴がいる。
600ルピーのサリーがある。」と教えてくれる。

「そうか。」

これがインドの外国人旅行客に対する商売の仕方だ。
紹介してホテルがコミッションを店からもらう。

「見るだけ見るといい」
という何度も過去辛酸を舐めた言葉をオーナーは使った。

門戸は広くあけといてとりあえず来てもらう。
行ったら大抵の場合話が違う。
違う奴が出てきて紹介した奴の言っていた金額と違ったりする。

「見るだけ」という『いつでも帰れる』意味を含んでいる言葉をインド人はよく使う。
この「見るだけ」で相手は自分のホームに持っていき、
じっくり時間をかけ「落とす」。
出口を塞がれ、
強引な商売と場の空気を操作され、
高額な商品を買わされた日本人が過去どれくらいいただろう。

インド人は日本人がこの「見るだけ。」という黄門様の印籠で「行かない」の刀を一旦鞘に収める事を知っている。

ただわたしはオーナーと信頼関係を築いていてきた。
オーナーが騙そうとしているとは思えない。

わたしは念を押す。
「600以外のは買わないぞ?」
「わかった。」
「あと時間がない。5分だ。わたしは他のお店を回る。そのお店は見るだけだ。」

「わかった。」

あらかじめこちら側のルールを教えてあげて自分の方も「こうなったら帰る。」というルールを決めないと違反をした時素早くレッドカードが出ないでファールを流す結果になる。

なので具体的な数字で念を押す。

「ここから近いのか?」
「近い。」
「何分ぐらい?」
「5分だ。」
「わかった」

オーナーもわたしの意向を汲んでくれて「サリー屋を営んでいるという男」に伝えてくれる。

オーナーは男に「この日本人は見るだけだ。5分。600ルピーのサリーを買うと言っている。それ以上のサリーは買わない。オーケー?」としっかり伝えてくれた。

自称サリー屋は
「オーケー。付いてこい。」と僕を促す。

わたしは何かあってはいけない、
この場合は「軟禁状態」になったらまずいのでパスポートと必要以上のお金はホテルの部屋に置いてくる。
男は今気づいたが一昨日一緒にワールドカップを観た男だった。

わたしは男に「わたしには時間がない。サリーを600ルピーで買いたい。」と口頭で伝える。

インドではこれだけ伝えても足りないぐらいだ。

男とわたしはホテルを出て男が経営しているサリー屋に向かう。

サリー屋に連れて行かれる

サリー屋に連れて行かれる


それはメインストリート「バハダニロード」を横断しわざとか!と勘繰りたくなるような狭い路地を行く。
暫くして男は立ち止まり
「これがサリー工場だ」
とわたしに珍しいだろみたいな顔をする。
わたしは「時間がない。」と一蹴する。

今本来わたしが行きたいお店と真逆に歩いてる。

ここからだとよほど急がないと間に合わない。

道を覚えておかないといけない。

昨日のうちに買いたいサリーは決めておいたが一切の時間の「遊び」はない。

男はわかった。わかった。と笑いながら歩き出した。
もしまた頼んでいない工場見学をさせようとしたら
二度とチャイが飲めない体にしてやるぞ!

「ここだ。」
狭い路地の臭い所にそれはあった。
看板もない、表にサリーを出していない所からすると一般のインド人には売っていないのだろう。
つまりツーリスト価格のお店だ。
わたしは「ここはお店ではない。」と判断した。
多分お店に運ぶ前の問屋だろう。
入り口からだけではまさかサリーが置いてあるとは思えない。
「人の家」だった。

1人しか通れない玄関を男の背中を頼りに5、6歩行くと
先には8畳ぐらいの部屋にピンク色のカーペット。

まだ裁断前の色々なサリーが立て掛けてある。
大きな鏡が置いてありその場で試着できるようになっている。
そこにはメガネのおっさんがいて突然の来客に状況を男から聞くと
「ようこそ!ようこそ!まぁ座りなさい。」
と商売顔になった。

わたしは立ったまま自分の求める物を伝える。

メガネのおっさんは「オーケー。まぁまぁ座りなさい。」ととにかく座らせたがる。

わたしは長時間いるつもりは無いが結構歩かされたので座る。
周りを見ると入り口付近の壁に「ビザカード」と「マスターカード」の加盟店であるシールが貼ってある。
これが意味する所は
お客が「これは高い。私は今お金がない。」となった時店側が「カードでも支払える」とその場で即決させれるという事。
その前例がある事。

インドでカード加盟店のシールが貼ってあるお店は当然外国人向けのお店だ。

このサリー屋さんはインド人御用達ではない事がここからも分かる。

メガネのおっさんは「まずこれはどうだ。」綺麗なサリーを出す。

「その前に、わたしは600ルピーのしか買わないぞ?」
と直接メガネに念を押す。
メガネは「オーケーオーケー。」と同意する。

「これはどうだ?」
多分日本ではかなりの値段になるだろう。

ここからはわたしとメガネのおっさんの会話。
わたし「素晴らしい。」

「どうだ。」

わたし「白い色のが欲しい。」

「そうか。これなんかどうだ?」

「おーいいねー。」

「こっちはどうだ。」

「こっちもいいね。」

「これなんかどうだ?」

「いやわたしは白がいい。」

「オーケーわかった。」

「どうやって着るんだ?」
「着付けはこうだ。立ってくれ。こうやって、こうやって、こう。」

「うわすごいな!!カメラ撮っていい?」
「いいとも。」

サリーを着てみた

サリーを着てみた


初サリー。

「ちょっとわたしにも着付けを教えてくれ。」

「いいとも。まずこうやってここに持ってきてを縛る。」

「こうか?」

「そうだ。」

「でここを折る。ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト、ナイン、」

「ナイン。」

「そうだ」

「それでこの中に入れる。」

「こうか。」

「そうだ。」

「それで後ろに回して、こう」

「こう。」

「そうだ。」

「どうだ?」

「できた!」

「すごい!似合ってる!カメラ撮っていい?」
「もちろん。」

店員サリーを着る

店員サリーを着る


「で、これは何ルピーだ?」
わたしは当然600ルピーだと思い浮かれてる。
最初にそう言ってあるしね。

「1200ルピー。」

「なんでだよ!」

「1200ルピーだ。」

「だからなんでだよ!」

「これは1200ルピーなんだ。」

「いやいや。最初から600ルピーのしか買わないって言ったろ!」

「1200ルピーだ。600のサリーなんてない!」

「このインド人が『あるっ』て聞いたから来たんだ!お前もインド人だけど!」

「なぜ600ルピーしか払えないんだ?一生に一度だろ!」

「帰る帰る。」

完全にレッドカード。
それまでの和やかな雰囲気だったがわたしは一切気にせず靴を履く。

会うインド人会うインド人みんな『インド人』だ!

どいつもこいつも『インド人』!

一生1200ルピーで売ってろ!

ずーっと「1200ルピー」って叫んでろ。

あー腹立つ。
無駄な時間過ごした。
やっぱり紹介した奴と売る奴の話しは違ってくる。

入り口で「ヘイ!ヘイ!ウエイト!ウエイト!」と連れてきた男が他のインド人が見る中叫んでいる。

わたしは一度だけ振り返ると「バイバイ!」と『ディスイズインド』にさようならした。

後々ガイドブックを見て知ったが、
インドで「1000ルピー」を越える値札の付いていない商品はぼったくりと考えていいらしい。

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