路側帯には捨てられた無数の包装紙や牛の糞が水溜りの上に浮んでいる。
その汚泥は得体の知れない何かを含み、形をいびつにして、深い灰色の汚水の上に浮かび、随所にある陥没した箇所や、側道に溜まり、それはこの先道々続く。
先程の豪雨であたりは水浸しになっている。
ニューデリーを支配する空気は10mも歩けば違う匂いが漂っている。
暫く清掃されていないトイレのようなアンモニア臭、
フライパンの中で豆とマサラを和える臭い、
すれ違ったサイクルリキシャーのシャツに弧を描いた体臭、
鼻を突く行き場のないヘドロ臭、
踏まれた上に干からびコンクリートと同化した牛の糞の臭い。
決して換気されることのなく、友達の家の匂いのような日常に染み付いた臭いにわたしは「そうそうこんなんだった」と懐かしさを感じた。
誰かがわたしに投げ掛ける「where you going?」も歩を進める毎に変わっていく。
「Hello!」「Hey!japan!」「gesthouse?」「Are you HOTEL?」
わたしはこの国の臭いも、誘い文句も「いらない」「もういい。もういい。」という意思を示しながら歩いていた。
なぜなら先程早速騙されたからだ。
わたしは「やっぱりだ。この時間はなんだったんだ。」と自分の気の緩みを猛省した。
そして「もう『インド』は始まっているんだ。」と肝に銘じた。
ニューデリー駅周辺