インド1日目③

この見覚えの無い風景はどうやら反対側で下ろされたみたいだ。

ニューデリー駅周辺は東京駅のそれのように「反対側」に行くにはそれなりに回り込まないといけない。
わたしはとにかくメインバザーの方に行きたかった。
それは以前訪れた際に歩き回った方面だったからで、
よく知っていた。
バスを降りたわたしはまず異国の地で知っている場所に身を落とし心を休めたかった。
そして今バスから降りて、
また新たな所に飛び込んだ事で「日本人だ」という異質を見る視線から
金目的のナンパの気を削がす様に振舞わなくてはならない。
それはどちらの方向が何かも分からない状況でまごつかないことだし、

上を眺め途方に暮れたりすることを避けることで、
わたしには「どこでもいい。どちらでもいいから自信を持って歩くこと」が求められた。

程なくして着いた構内は人々がごったがえしている。

豪雨が過ぎ去った曇り空から申し訳程度に光が射し込む。
照明もついていないここをわずかに映す。

そしてこの寝ている人達の数。
もしわたしが初めてインドを訪れたとしたらこの無秩序で、

一見何もかも放免された「フリースペース」に圧倒されただろう。
人々はこの体育館の半分もない駅出入り口付近に
大災害が起きた後の避難所のように横になり床を埋めている。

あるものは熟睡して動かず、またあるものは目を見開いたままただじっと横になっている。
興味深いのはその手のやり場で大きく開いていたり、胸に当ててたり、甲をおでこに乗せてたりそれぞれ唯一の寝方をしている。
彼らは気休め程度に何かの絹を床に敷き、不浄と区別しているようだが
床に寝ることは抵抗はないようだ。

場内に電光掲示板が今夜来る鉄道名と乗り場と時間を知らせ
アナウンスは大きな電子音を鳴らすと
「アテンションプリーズ」の後にそれらを読み上げ
それは鳴り止むことが無かった。
彼らは鉄道を待つ間体を休めアテンションプリーズを無視し続け寝ていた。

暫く構内を眺めていると男が来る。
誰もがお偉いさんと分かるベージュの制服に長身、お堅い帽子を被り、紋章を付けている。
胸まである棒を床にコッツンコッツン突きながらやってきて端のほうで寝ている人達を眺める。
鉄道警察は「ここはダメだ」と禁止区域で横たわる人々を

持っている棒でまるで大きな埃を端に追いやるように掃き、
それでも起きない奴の素足は棒でコツコツ突く。
起きたのを確認すると何を注意するわけでもなくまたコツコツしながらゆっくり向かう
今強制的におはようした男は「来ちゃったか。」のような表情をし
そこから去るわけでもなく、しばらくまた寝ようか、
起き抜けに雨上がりの外を眺め始めていた。

ニューデリーレイルウェイ駅には改札は無くホームと構内を仕切るものは
ちょっとした鉄格子の入り口だけだ。

わたしが「メインバザー」に向かうため駅構内を突破しようとすると(後々突破する場所が違う事がわかったのだが)
男が「待て待て。お前どこに行きたいんだ?逆側?ガイドブック持ってるか?何?持ってない?マップは?ない?ちょっと来い!!」
とわたしを強引に手招きして歩き始めた。

男は横たわる無数の自国民を踏まないように私の前を歩きロータリーを歩く。
リキシャープールの先頭待ちの近くで立ち止まると
「いいか?お前はまずコンノートプレイスに行って地図をもらうんだ。そうした方がいい。
ここがDTTDCオフィスだ。わかったな?」と自前の地図で乱暴に指し示す。
「プライベートリクシャーは値段が高すぎる。ここのリクシャーで行け。料金?10ルピーだ。10ルピーでコンノートプレイスまで行ける。わかったな?よし。」
とずーっと言うことを聞いてこなかった分からず屋に懇々と諭すように教える。

そして「駅の反対側に行きたいだけ」という本来の目的である私の意思に反して「おい!」と客待ちしていたリクシャーを呼び綿々と交渉する。
「こいつをコンノートプレイスのDTTCオフィスまで連れて行ってやれ!10ルピーだ」
頭ごなしに言われたリクシャー運転手が「ちょっと待ってよ。なんで『10』で行かないといけないんだ!」という表情で「20だ!20にしろ!」と反発する。
男は「いやいや、10で行けるだろ!10で連れて行ってやれ!」と跳ね返す。

いい負けたリキシャー男は「わかったよ」と渋々エンジンを掛けるとこちらの顔も確認せずに「さぁ乗った乗った」と弱々しい手で中に招く
4輪自転車にモーターを付け、椅子というよりは座れる所を設えたような、それらを黄色と緑色のビニールで覆ったリクシャーが動き出す。

後にこの判断が誤りだったことになる。