「名前は?」
「●□%&%!#”!」
このガッシャンガッシャン鳴り響く車中で今一度わたしが名前を確認すると、
「そうだそうだ。」当たっていると
運転手は後ろを振り向いて笑いながら教える。
「危ないから早く前を向け」

リキシャー運転手は「ファサイ」という。

「降りろDTTCオフィスに着いたぞ。」

ここが?
「ここが政府公認観光インフォメーションオフィス?公衆トイレじゃなくて?」

もしわたしが「漏れそうなんだ。」「この近くにトイレはないか?」
と緊急避難を訴えて、ここで降ろしてくれたらファサイにチップでもあげただろう。

ファサイは「ここが政府公認のオフィスだ。」と暑いインドで、涼しい表情しながら言い張る。
わたしがイメージのギャップを埋めようと雰囲気から感じ取れるものを探していると
「アイツに尋ねてみろ」と背中を押す。

ヒンドゥ語で書かれた看板が見下ろす門の中を行くと
更地に何人かの汚いインド人がたむろしている。

わたしは奥にある『トイレ』のようなオフィスの前で手招きするターバンまで進み
「ここはDTTDCオフィスか?」と尋ねた。
「ア?」と眩しいものを見るような表情で何を言っているのか分からないというような顔をする。
わたしがもう一度ゆっくり伝えると
「そうだ」という。
汚いターバンは斜め向こうにある要人を守衛する交番のような小屋を指差して
あれがそうだと教えてくれる。
そして「わたしがオフィシャルな事務員だ」、「なんでも聞け」と空の下で簡易的に始まる。

わたしはこの旅でまず最初に訪れたいと思っているヨガの聖地リシュケシュの事を聞く。
「どこから来たんだ?日本?そうか。どこに行きたいんだ?リシュケシュ?
リシュケシュまで500Reだ、エアコン付きか?OK。そしたらSEで800Reだ。俺を信用しろ。」

わたしの政府公認オフィスのイメージといえば、もちろん屋内で、大きな机を挟んで、パンフレットを提示されながら話し合い、
辺りは大きなインド全土の地図、時刻表等数字が示された提示物が壁を埋め尽くし、外国人が話を聞きたくて順番待ちをして混んでいる、
なのだが、
今わたしは更地でちょっと臭いトイレのような小屋の前で、段差というよりは埋めた石材が何かの拍子に地面から姿を現したような場所で立ち話をして、
辺りは汚い浮浪者が往来し、汚いターバンおっさんの物知りを披露されている。
そして「俺を信用しろ」という。

公的な機関が「俺を信用しろ」と言うだろうか。
もしここが外国人向けインフォメーションオフィスならなぜ外国人が一人もいないのか。

そしてここのどこを見渡しても「DTTDCオフィス」とうたっていない。
「ここは違う。」

わたしは話を聞きながら次にどうここから離れるか頭をめぐらせた。

頷くトーンが低くなり、質問に消極的になったわたしに汚いターバンは
「お前とはこれ以上話ができない。なぜなら信用していないからだ。」と
当然のセリフを吐いた。

汚いターバンはわたしの目をじっと見て本音を見透かすと、
くしゃくしゃの何かをポケットから取り出し何か薄いピンクの紙をこれが目に入らぬかとばかり差し出す。
それは「クロネコヤマトの伝票」だった。

なぜ汚いターバンがこんなものを持っているのか、
今なぜわたしはこれを目の前にしているのか
「ちょっとそれを見せてくれ。」「ほら。よく見ろ」
よくみると驚いたことに2009年3月京都西京区~と書かれているが、
名前は森田~さんで女性の名前。

このシュールな状況と同姓という偶然に思わずカメラを向けると、
汚いターバンはノーノーノ!!と制する。そして「もういいだろ。」という感じでくしゃくしゃに折りポケットに戻すと
「な?これでわかったろ?俺は信を置いていい人物なんだ」
と、なんとも信の置けないパフォーマンスの収束を計る。

「オケーオケー。バアイ。」と出口方面に向かおうとするわたしの背中に
汚いターバンは「なぜだ!なぜ!これを見て(ヤマトの受領証)なぜ信じないんだ!」
「もう一度これをよく見てみろ!」と訴える。

「待て待て!しょうがないな。」
こうなったら汚いターバンも生活が掛かっている。

どうにかこの日本人に列車のチケットを買ってもらわなくてはいけない。
汚いターバンは「見ろ、身分証書だ。ほらここに。わかるか?わたしの名前と、DTTDCって書いてある。」
赤い縁で囲われた自己紹介カードをお行儀よくラミネートしただけのような証明書は
わたしに「こいつは偽者」と証明してくれるには十分で
今の所「お前は誰なんだ」「ただの汚いターバンじゃないか」といよいよ縁を切りたくなる。

わたしはヤマト受領証と自己紹介カードを見にここに来たのでない。

汚いターバンは
「あとちょっと待ってろ。これだ。」

「これが列車チケットだ。私の父親が乗ったんだ。見ろ。ここに父親の名前が書いてある。」
どこの外国人がヤマトの受領証と自己紹介カードと使用済み切符のコンボ技で
「おお!使用済みの切符じゃないか!お前とは今後言い関係が築けそうだ!」と肩を組み、「チャイでも飲みに行くか!」となるのだろうか。
わたしは今の所汚いターバンのポケットから出てきたゴミしか見ていない。
汚いターバンは失望中のわたしの目を見て
「いいか?リシュケシュに行きたいんだろ?そしたらニューデリーからハリドワードにいく。5時間だ。
ハリドワードという場所からバスが出てる、そうだな・・1時間だな。写真?ダメだダメだ!写真はダメだ!見ろ!私の目を、信じろ!」

わたしは上手に「さようなら」を告げ、踵を返すと、
汚いターバンはわたしには分からない自国の言葉で罵声を浴びせた。
「なぜだ!お前は強情だ!なんて奴だ!」
どんな言葉を吐き出してるか分からないがそんなところだろう。

その語気がそういっていたし、

なによりわたしには通じない言葉を発することが悪口の証拠だ。

大通りまで行くとファサイは停まってわたしのことを待っていたみたいだ。

わたしはファサイに「ここはDTTDCオフィスじゃない」と事を告げる。

「時間が無いんだ。本当のDTTDCオフィスに連れて行ってくれ」
と訴える。
すると彼はエンジンを回し、「乗れ」という。
「あんのかい」つい日本語が出てしまう。

このファサイはそもそも何をしてるのだ。
なぜ一回嘘を挟んだ。
なぜDTTDCオフィスに連れて行かないのだ。
そして今こうしてなんの悪気も無く、臆面も無く、時間だけはあるみたいに運転する。
初めて乗せたかのようなリセットされた感じで。

そもそもわたしはなぜマップが必要なのか。
なぜコンノートプレイスまで取りに行ってるのか。
なぜヤマトの受領証を見せられたのか。

「着いたぞ。DTTDCオフィスだ。」

確かに。確かにここがコンノートプレイスという複合商業施設郡付近だということは記憶している。
競技場を観客席が囲むようにそこは芝生の起伏や大きな噴水がある憩いの場を外資系のお店が囲んでいて、
周辺は旋回するような道路網で、
ここにたどり着くまで緩やかなカーブを描いてきた。
だからコンノートプレイスには到着したのだろう。

「これがDTTDCオフィス?」

目の前で「さあ入れ!」というファサイ。
わたしは外に灯りも漏れてこないすりガラスの向こう側に不穏なものを感じ、
まるで潰れる直前の建築事務所のような廃れた店舗を前に断定した。

「ここはDTTDCオフィスじゃない。」

ファサイは「さぁ入れ!入れ!マップが欲しいんだろ?さあ入れ」
と中に促す。
「だれがこんな怪しい所入るか!」

確かにDTTDCと扉には明示されている。
ただそれは簡単で頼りないDTTDCという禿げた塗装文字

わたしがカメラを向けると「写真はダメだ!」
軍事施設でもない、主要駅でもないのにノーフォトという奴は怪しい。
後で証拠が残るからだろう。
そしてやはり外国人がいない。

DTTDCオフィスとは本当に存在するのか?
心ここにあらずのわたしはファサイに別れを告げ、

暫く気持ちを落ち着けるため猫のように当ても無くここら辺を歩く。

一度整理しなくてはいけない。

受身の行動をしすぎた。

本来の目的は「駅の逆側に行きたい」だったはずだ。

「お前はフォトグラファーか?気をつけろ!ここでレンズを交換するのは止めた方がいい。タバコを吸う奴が多いからね。カメラを台無しにするぞ?」

ここまでの経緯を知らないレモン水屋の細めの男が親切心で気遣ってくれる。

「ありがとう」

わたしはこの旅中に「DTTDC」とは何なのか暴かなければならない。

わたしはニューデリー駅にもう一度戻る

そして「もう『インド』は始まっているんだ。」と肝に銘じた。

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