アーグラカント駅に着く頃には辺りは真っ暗で時刻は20時過ぎを指していた。

アーグラカント
アーグラカント

暗い中駅からタージ・マハル近くまで行き、ホテルを探さなくてはいけない。

電車は「予定通り」遅れた。

インドでは電車に乗るまでも大変。

駅構内を歩いていると小さい子供に金をせびられる。
一人は長い髪の毛を三つ編みにして頭を上下、縦横に振る。
一人は側転を歩きながら繰り返す。

こちらが歩く横で平行してやった後「お金ちょうだい」と銀色の受け皿を差し出す。
さすがにこういう人には強く言えない。
こちらが無言で首を振ると「見たでしょ?」と引かない。
こちらに言わせれば勝手に視界に入ってきて勝手にやってたのに。

地元のインド人もこれには無視をして手でしっし!とやる。

こういう場面は電車が途中駅に停まった時にも出くわす。

ニューデリーからバラナシに向かう途中の駅でわたしは電車の入り口から外の風景を眺めていた。

するとホームから小さい子供が小さい赤ちゃんを抱いて「この子にあげるミルク代がないの。お金ちょうだい。」
とジェスチャーだけで訴えてくる。

口に何回も手を当て
広げた手をこちらに差し出す。

これを繰り返す。

ジェスチャーでも十分に分かる。

わたしはなぜこの子にお金をあげれないか自分でも分からない。
ちょっとでもあげればいいのだろうけどそれができない。
理由は分からないが「あげちゃいけない」と思う。

わたしもあなたも十分に運命を呪うしかない。

車内の自分の席に戻ると
子供も外から車内の僕の視線に入る場所に移動する。
とにかくしつこい。

向こうにしてみれば「しつこい」だけでお金が貰えるならどこまででもついて来るのだろう。

コンノートプレイスの映画館近くにいた子供はさらにしつこかった。

蝿が舞う黒いヘドロの中に何か食べれる物を探し
口に入れる。
わたしが見るとゆっくりとついてくる。
身に着けている服は原形をとどめていなく、体は真っ黒。

黒が日焼けや生まれつきの黒ではなく灰のススのような黒。
喋る事もジェスチャーもできない。
とにかく静かに追ってくる。

インドを歩いていると色々な「そういう人」にも違いがある事に気付く。
宗教上そうなっている人。

輪廻という考え方から現世でそうなっている人。
戦争や紛争がそうさせてそうなっている人。
病気でそうなっている人。
ただ単にそうなっている人。
そういう人達の中にも差がある事に気付く。

アーグラカント駅まで電車の中は変な感じだった。

インドでは電車に乗る際に予め自分のシートが指定されている。

なので切符を通す必要がなく電車が出発してからスーツを着たお偉いさんが予約者名簿一覧の紙をボードに挟んで一人ずつ巡回チェックしていく。

そこでEチケットを確認する。
外国人はパスポートも見せなければならない。

わたしのバースの前の席は3人掛け。
一人は女性で左端に座っているがあとの2つのシートに何故か別のインド人が立ち代わり座る。

そしてわたしを見ては「なんだい?ここは僕の席だよ?」といった顔をする。

暫くして巡回が来る気配を感じるといなくなる。

巡回がどこか行くとまたどこからか戻ってきて「なんだい?俺の席だよ?」と我が物顔。

わたしは「こいつチケットを持っていないでただ乗りをしてるな。」と勘繰る。

男が立ち代わりして巡回から逃れている。

それが前のシートだけで女性が許してるならそれでいいがわたしの隣まで及んできた。

写真はその時の物。

深夜の列車
深夜の列車

警戒しないといけないのでゆっくり休めない。

この少年は周りの様子を伺っては行ったり戻ったりしている。

わたしは全くいらないストレスを抱える。
意を決して言おう!と思い、「すみません。もしあなたがこのシートのチケットを持っていなかったらあなたはここからでていかなければならない」と指摘すると「何言ってるんだこの外国人」という顔をする。

前の女性も「気にしないでいいわよ」
みたいな事を少年にいう。
インドはインドの味方だ。
ひょっとしたらこの「自分の席以外はみんなの席」という考え方、適当な感じはインドでは常識なのかもしれない。

インドでは自分で買った新聞をちょっと座席に置いていると勝手に読み始めるらしい。
「今読んでいないなら読んでいいだろ。」という感覚。
つまりこの場合も「空いてるならどこに座ってもいいだろ。」なのかもしれない。
ただこれは日本でいうグリーン席で一般席ではない。
こんな事を説明しても無理だろう。

「グリーン車だって空いてるなら座ってもいいだろ。」となるだろう。

アーグラカントまで僕はこの「変な感じ」を我慢しなければならなかった。

「次はアーグラカント?」
「イエス。」

4時間以上列車は進みアーグラカント駅に着く。

わたしはひょっとしたら列車からタージ・マハルが見れるかなと思い窓の外を眺める。
自分の顔がうっすら見える先は絵の具というよりペンキで塗った様な黒だった。

窓の外は終始灯りがなく日本の真っ暗より真っ暗。
真っ暗より真っ暗なので全くどこを走ってるかも分からない。

わたしはこの旅の最終目的地アーグラに着く。

そしてアーグラでタージ・マハルを拝める。

実は最近までわたしはタージマハルの存在を全く知らなかった。
わたしがインドに行くと知った知り合いが当然の様に「じゃぁタージ・マハル行くの?」と聞いてきて初めてその存在を知る。

その時写真で見て以来これは絶対外せない箇所になった。

世界一美しい墓。
ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが王妃が亡くなった時に22年の歳月を掛けて建てた墓。

もしわたしが王妃で愛する王様が自分が亡くなった時にこのような墓を作ってくれて「君の墓を造ったよ。これだよ。」と見せられたらどれだけの愛情を感じるだろうと思う。

びっくりして生き返っちゃうかもしれない。

「なぜ私が生きている時このようなサプライズしてくれなかったの!」と怒るかもしれない。

アーグラカントに列車はそのホーム
アーグラカントに列車はそのホーム

アーグラカント駅に降りると駅前にはタクシーやリクシャーに乗せようとする輩が外国人を見るや寄ってくる。
わたしは料金交渉が面倒臭いのでプリペイドタクシーを使う。
ただ真っ暗でどこに行けば手続き出来るのか分からない。
迷っていると「どうしたんだ?」「タクシーか?」「いくらだ?」と余計なインドに捕まる。

わたしは警察官を見つけるとプリペイドタクシーの手続き場所を尋ねる。

警察官は長い銃を持っているおおど色の制服を着ていて痩せているから分かりやすい。

何か聞きたい事がある時警察官に聞くと信用度の高い情報が得られる。

警察官は「ついてこい」と言う。
警察官と僕と複数のインド人がついてきて
インド人は「俺にこの日本人を送らせてくれ!」「仕事をくれ!」みたいな事を警察官に訴える。
警察官は「お前らうるさい!ちょっと待て!」と制する。

負けじと野次が飛ぶなか「どこに行きたいんだ?」と僕の目指す場所を聞いてくる。
「タージ・マハルのウエストゲート。」

世界遺産タージ・マハル近くに評判のいいホテルが結構ある事を情報で掴んでいる。

とりあえずそこら辺に行けばホテルがある。

わたしがそう告げると
警察官自ら用紙に書き込み手続きをした。

「タクシー?」
「ノータクシー。」
「ハウキャナイゲットディスプレイス?」
「リクシャー。」

タクシーはこの時間もうやっていないという。
悪夢のリクシャーに乗らなければ着けない。

プリペイドリクシャー。

夕方コンノートプレイス近郊でリクシャーを拾い旅行会社に連れて行かれた事がまだ消えない過去になっている。

あとにも先にもあの出来事が一番腹が立った。

警察官の横で「俺に仕事をくれ!」とうるさい奴に警察官が使命した。

どういう基準でその運転手にしたかは分からないがこいつに決まった。

わたしはその運転手に着いて行くと
ラージガードの時やったように
乗る前に
「あなたを信じる。」
「あなたを信用している。」
とまずやる気を起こさせ、
「もし違う場所に連れて行ったらこのシートは渡さない。」
「もし安全にタージ・マハルのウエストゲートに着いたらチップをあげる。」
と伝えた。
運転手は「オーケーオーケー。」と分かった風だ。

「どのくらい時間掛かる?」と聞くと「20分ぐらい。」だと言う。

暗くて見えないが後部座席から撮った運転手。

世界遺産タージ・マハルがある駅、アーグラカントに列車はそのホームをうめた。

タージマハルまでのリキシャー
タージマハルまでのリキシャー

駅前の大通りを右に曲がると戦車でも通るのかと思うような太い道路に出た。

街灯が等間隔で道路を照らしさっきまでの真っ暗闇が嘘のような明るさになる。
「これは歩きでは無理だ。」
「こいつはわたしをどこに連れて行くのだろう。」

こうしてわたしはもう一度『インド』を信じる事にした。

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