カニ玉

三夜連続でお送りしております。最終夜の今夜は

『カニ玉』と言うお話です。ちょっと長いです。

この話はあくまで小さい頃の話で、無邪気だったので、ご理解よろしくお願いします。

けんじ小学校2年生、

タケヒロ(兄貴)小学5年の頃の出来事です。

みなさんは、小さい頃嫌いな食べ物があったでしょうか。

森田はピーマン、人参、茄子、きのこ、等、今は食べれますが、小さい頃は食べまれませんでした。

桂子(母親)は料理に凝ってました。

うちら兄弟としては、毎日カレーやハンバーグとか夕食に出してくれればいいものの、『カレイと生姜の~』とか『金目鯛の~煮付け』や『寒ブリと~の~漬け合わせ』など、必ず組み合わせて、小学生の口に合わないものばかりを作ります。

ご飯は『栗ごはん』味噌汁は『なめこ汁』など、

普通でいいのに組み合わせるんです。

桂子も桂子で『食べなさい!食べないとウチの子じゃないよ!』と無理矢理食べさせてました。

タケヒロは桂子の作った夕飯を食べませんでした。

夕食前におやつばっかり食べる癖があり、一切夕飯には手を付けないのです。

また偏食でした。

桂子は口に合わない物ばかり作っては、無理矢理食べさせるし、タケヒロはおかしでお腹を満たすして、偏食だったんです。

そういう背景があっての話です。

ある日タケヒロが

『おかずだけ2階で食べる。』と言いだしたのです。

母親の目の届かない場所で食べるのでしょう。

『2階で食べる!』

『いいけどちゃんと食べるのよ!?』

『わかってるよ』

ダッダッダッタ!

タケヒロが夕食を持って2階に上がったと思ったら

『けんじ!お前もちょっと2階へ来い!』

とタケヒロに呼ばれました。

『何?』

『いいから来い』

『なんだよ。』

『いいかけんじ。よーく聞けよ?このおかず。何だか分かるか?』

『何これ?』

『カニ玉だよ』

『カニ玉?』

『そうカニ玉。このカニ玉お兄ちゃん食べれないんだよ。』

『・・・。』

『でも残すとおかーに怒られるだろ?』

『・・・・』

『だからこのカニ玉をどうにか捨てたいんだよ。』

『・・・。』

『ごみ箱だとバレるだろ?『・・・。』

『だから、ここの2階の小窓から外に全部捨ててくれ。』

『えっ!?』

『頼むからカニ玉外に捨ててくれ、』

兄貴は、食べられない、でも食べなきゃ桂子に怒られる。というジレンマを2階の窓からおかずを捨てる事で解決しようとしたのです。

ほっかほっかの湯気が漂うカニ玉。

作りたてでぷるんぷるんしているカニ玉。

けんじが戸惑っていると、

『早くしろよ!早く捨てろよ!』

タケヒロはカニ玉をけんじに差し出しながら語気が強くなってきてます。

ほっかほっかの湯気が漂うカニ玉。

作りたてでぷるんぷるんしているカニ玉。

けんじタケヒロからそれを受け取ると目を瞑りながら、小窓を開け、外に手を伸ばし、お皿を傾け、

『えぃ!!』

と箸でカニ玉の底を夜空に掻き出したのです。

・・・・・・。

びちゃ。

・・・・。

・・・・。

桂子が一生懸命作ったカニ玉。

捨ててしまった・・・・。

良心の呵責にさいなまれていると、タケヒロが耳元で囁きます。

『けんじ。なめこ汁もやっておいて。』

けんじはなめこ汁のお椀をもらうと、夜空に向かって、撒いたのです。

『えぃ!』

・・・・・・。

パチャパチャパサー~

なめこ汁は箸で掻き出さなくてもツルッと行きました。ぬるぬるしてるからでしょう。

確かに捨てました。

そして、けんじが小窓をガラガラと閉めた時、

1階から何にも知らない桂子が明るい声で。

『たけちゃーん!ちゃんと食べてくれた~?』

30分経ったでしょうか、

けんじが居間でくつろいでいると桂子が嬉しそうな顔して入ってくるやいなや。『けんちゃ~ん♪』

『どうしたの?』と聞くと

『お兄ちゃん、すごいねー♪全部食べてくれたねー!カニ玉好きなんだねー、けんちゃん、ほら見て?きれーに。なめこ汁も。』

皿は、『さっき買ってきた皿』みたいに綺麗でした。

普通は箸でつっついたら舐めないかぎりそんな白になるわけない皿。

桂子は疑いもせず今までにない偏食の兄貴を誉めるのです。そしてテンション上がったのでしょう。

『お母さん嬉しくなっちゃう~!ランラランララーン♪』

次の日も夕飯はカニ玉でした。

『お兄ちゃん~♪今日もカニ玉よ~!好きでしょ~!?』

大好物だと思っている桂子は2日連続でカニ玉を出しました。

カニ玉を見た兄貴がまた言いました。

『2階で食べる。』

『けんじもちょっと来い!』

2階に行って

『何?』

と用件を聞きました。

『やれ。』

慣れって恐いですね。あんが多く掛かってたのでしょう、2回目は1回目のツルンよりツルンしました。

また捨てたのです。

『えぃ!』

・・・・。

ピチャ。

『終わったよ』

とタケヒロにいうと、

『ごはんもやれ。』

と言われました。

『えぃ!』

トンっ、

ごはんは今炊いたばかりなので、茶碗を逆さにしただけで綺麗なお椀型のまま落ちました。

茶碗には一粒の米もありません。

そんな事をやっていると、1階から桂子の声がします。

『たけちゃーん!食べた~?』

『けんじ!終わったか?』『うん』

『食べたよー』

『あらー!早かったわねー、』

暫らくすると桂子がけんじに言います。

『けんちゃん!お兄ちゃんのお皿見て!こんな綺麗に!いやー、すごい!タケちゃん、本当カニ玉好きなんだねー!』

『お母さん嬉しくなっちゃう~!ランラランララーン♪』

次の日、です。

『ピンポーン!』

玄関が鳴りました。

『はーい!』

桂子が出ます。

『すみませーん。隣の高杉ですけどー。』

『はい?何でしょう。』

『ちょっといいですか?』『はい・・・。』

玄関を開けると。

神妙な面持ちで高杉さんが立っています。

『実はですね。私の庭にごはんが落ちているのですが、心当たりはないですか?』

『ごはん?』

『はい・・・・。』

『いえ、うちではないと思いますけど・・・。』

『いえ、でも・・』

当時近所付き合いが苦手な桂子はもめ事があるとすぐに警察を呼ぶ癖がありました。

『いい加減にしてください。警察呼びますよ?』

『あ、そうですか。あっ。じゃぁすみません。』

高杉さんは逃げるように帰りました。

5分後

けんじが『どうしたの?』と聞くと、

『隣の庭にごはんが落ちているんだって・・・・。』

『・・・・。』

その日の夜。

『けんじー!ちょっと来てー。』

とタケヒロに呼ばれました。

『やっといてー。』

3日連続のカニ玉でした。さすがにけんじもカニ玉が嫌になり、その日はタケヒロとけんじのカニ玉、2つとごはんを夜空に放りました。

ピチャ、

ピチャ、

ガサ、、

ん?ごはんが何かに当たった?

さすがに3回もやると、

良心の咎めはなくなってました。

次の日

『ピンポーン』

『はい?』

『あ、あのー、高杉ですけど・・・・』

『何でしょう?』

玄関を開けると、

高杉さんが夫婦で来てました。

『なんでしょう?』

『じ、実はですね・・・

私どもの庭に、白ごはんが落ちているんですけど・・・・』

それを聞いた桂子は怒り狂います。

『何度言ったら分かるんですか!!ウチではありません。あんまり関わらないでくれますか!!警察呼びますよ!!うちは国の仕事をやっていて警察がバックについているんですから!!ウチは中曽根さんだって動かしているんですから!』

『あと・・・、』

『なんですか!!!』

『ウチの庭に・・・カニ玉が落ちているんですけど・・・』

『え?』

『拾っても拾ってもカニ玉が落ちてくるんですけど・・・・』

『カニ玉!?ウチはお兄ちゃんが食べてますよ!?なんでカニ玉が落ちてるんですか!!』

『お兄ちゃん!!たけちゃーん!』桂子が事実を確認しようとタケヒロを呼びます

『何ー!?』

2階から返事がします。

『タケヒロ!カニ玉食べてるでしょ!?』

『食べたじゃんっ!』

『ウチの子は食べてますよ。』

まー、まー、取り敢えず来てください、みたいな感じでお庭を見に行きました。

高杉さんの庭は日本庭園造りで、下には綺麗な砂利が敷き詰められ、玄関までは石畳、その両脇には盆栽やら、植物が生い茂ってる、手入れの整った、緑を大事にしてる庭でした。

『これなんですけど・・・』

高杉さんの指した所には

、衝撃でパーンと弾けたような黄色い物がありました。

『これもですね・・・。』

白ご飯は柵に当たって砕けたのでしょう、盆栽に、ちょうど粉雪のように積もってました。

石畳にも無数の米粒が散らばってます。

『あ、あとこっちも・・・・・。』

砂利には、お椀の形をした白ご飯がそのまま崩れる事なく『置いて』ありました。

『・・・・・。』

『・・・・・。』

『・・・・・。』

『・・・・・。』

『け、けんちゃん。ビニール袋持ってきなさい・・。』

桂子はけんじからビニール袋を取り上げると、

素手でカニ玉を掴み、

散らばったごはんと、大きな固まりのごはんを拾い、袋に投げ入れてました。

食べる働いて、タケヒロが大好物だったから腕に寄りを掛けてカニ玉を作ったのに、残すならまだしも、人の庭に投げ捨て、食べたと嘘をつかれた。

それを作った私が素手で掴んで捨てる。

桂子はそんな事を思ったに違いありません。

桂子は最後に高杉さんに一礼し終わると、

『たけひろだわ、あのうすらバカ、』とつぶやいて、家に戻るとまず洗濯機の横の箒を手に取ると、

『たけひろ!!貴様!!』と言い、2階にダンダン上がって行きました。

その時、タケヒロはゲームボーイで『ドクターマリオ』をやっていました。

~暫らくした後~

『けんじー、ちょっとこーい!』2階に呼ばれました。タケヒロです。

2階に入ると、

『箒の持つほう』で叩かれたタケヒロがうずくまって、唸ってます。

その時の兄貴は惨めでした。本当のドクターが必要でした。

タケヒロはけんじが来たことを確認すると、

ちょっと顔を上げ、苦しそうな顔して言いました。

『け、けんじ・・・・・』

『何?』

『カニ玉って、目立つな?』

~最終夜~『カニ玉』