男は右手に2万円を差し出すように持ちながら腕はピーンと真っ直ぐに前に伸ばし、左手は腰にあてて高校球児の行進のように、しっかり股を腰の位置まで上げ地面が足で割れるのではないかと思わせるぐらい一歩一歩力強く進んでいる。
彼が何処に行くのか、何故そのような格好で歩くのか、一体誰なのか、人々はその鬼の様な形相から、2万円のイメージから、歩き方から何なのか理解しようと努めたがその男のあまりにも近寄りがたい空気と異様な光景にただ道を空けて「気が触れた」と小声で噂したり「だめ、見ちゃだめ」と子供の目を覆い被せたり「これでどうだ」とどうにか行き先を阻もうと目の前に立ち塞がったりする。
が、男は相変わらず2万円を差し出す様に持ちながら左手は腰に据えて股を上げながら力強く歩く。
その目には迷いはなく、瞬きをする事さえ忘れているのか白い部分を赤くさせている。
その真剣で真っ直ぐな顔つきと彼の本気で死をも覚悟しているような目を見たら誰もが狂っているのは一体誰なのか分からなくなったのだ。
彼の行く先に敵はいない。何故なら彼は「2万円をピシッと持って歩く」分野で世界で一番輝いているからだ。