『磯崎増五郎』~終夜~

紙くず

三夜連続でお送りしております。

三日目の今夜は『磯崎増五郎』

森田家の根底にある話です。

が!みなさんには真面目に聞いてもらいたくないです。なので普段どおり聞いてください。

ここで豆知識。     今でこそ『橋の建設』はさかんですが当時大正・明治の頃は国を揚げての大事業だったのです。

『磯崎増五郎』

誰のせいでこうなったのか?というお話。

桂子の口癖は『ウチは小泉首相やブッシュを動かしている。』です。

どういう時使うかというと、例えば電話している時。『そうなんですね~。まぁウチなんかも、ちょっと国の問題がありまして、まぁちょっと、今国を動かしていますから、、』『え?(電話の相手)』『まぁちょっとウチは今小泉さんともちょっと関わってまして、、今度ブッシュさん日本に来ますよね?あれウチの問題なんですよ。なので今忙しいんですよ。、、』『え!?』

母親はなぜこのような事を近所の人や家庭訪問で来た担任教師やお客さんに言うのでしょう?

話はそこからです。

桂子の旧姓は『磯崎』といいます。実家は横浜にあります。桂子の母親の父親の父親は『磯崎増五郎』です。

なんでも桂子曰く、『昔、横浜に大きな橋を立てた人』らしいのです。

桂子がなぜ『ウチは国を動かしてる』『ブッシュが来日するのはウチの問題』

など言うのか?

実はその増五郎さんが建設した橋が、当時日本に開国を迫ってきた黒船ペリーのアメリカによって歴史が歪曲(間違った風に力で変えられる)されてしまい、増五郎さんが作った橋はアメリカによって作られたことになってしまっている。

桂子は増五郎はもっと評価されるべきだと考え、今になって一人で戦っているのです。(ちなみに同じ身内の親戚は『桂子はおかしい、多分増五郎は偉くない、』と思っていて。桂子とは連絡を取らないようにしてる。嫌われてる。)

親戚にも、警察にもわざわざ電話して

『ウチは国の問題をかかえてる』『国会は大騒ぎしてる』『ウチの事で騒いでいるからブッシュが来る』という話をするのです。

この前聞かされたのは『3浪4留』の兄貴のことについてです。桂子はこう言いました。

『けんちゃん、お兄ちゃんがなんでこうなったか知ってる?巻き込んじゃったのよ、巻き込んじゃったの。国の問題に。』

兄貴は国の問題に巻き込まれたらしいです。

ここまで分かりましたか?要は、信じちゃってるのです。こんな自堕落な生活してるのは巻き込まれたせい、貧乏暮ししてるのも巻き込まれたせい。

そうすれば説明がつくし納得もする。

または生きがいなのです。俺が『国を動かしてる?ブッシュがウチの問題で来日する?アホか、』

なんて言ってやめさせたら夢を壊すことなくなるのです。

例えばあなたが今信じているもの。夢。などを否定されたら腹が立つでしょ?

それと一緒です。

だから俺も乗っかるのです。

たまに『国会は増五郎の話で持ちきりだなぁ。ねぇ母さん。』と言ったりします。

ここから話の本題です。

2年くらい前。ワープロで漫才のネタを書いてるときに桂子に呼ばれました。

『けんちゃん~!』『何?』『頼みがあるんだけど?』『何?』『ウチはちょっと国の問題かかえてるでしょ?その事で今度ブッシュがくるじゃない?なのでそれまでに本を出版したいから手伝ってくれる?』『いやだよ。』『3万円あげるから。』『どうすりゃいいんだよ。』

『お母さんの英語で書いたの文章をワープロに落として欲しいのよ、でプリントして?』『本にしてブッシュに渡すから。』

最後はおかしいと思いながらも引き受けました。

その英文を見ると驚愕しました。仮にも『アメリカ大統領ブッシュに見てもらう文章』ですよ?

内容は。

第一行目にいきなり。

『I'm Keiko Morita. I'am very happy.Do you like happy?』

中学生でも書かないような文章でどうやって国の問題として投げ掛けていくのか。この親はこれを本にするのか?一世一代の大恥に加担しているのではないか?いろいろありましたが3万円だけでとりあえず文章にしたのです。

そのページ数は50ページ。かなりの量の英文を打ったのです。『できた』桂子に見せに行くと

『けんちゃ~ん!ここの文章違ってるわよ!Yじゃなくてyになってるじゃない!』『ああ、』『もう!ブッシュに見せるんだから直してよ!』

直して渡すと

『けんちゃ~ん!ココ違ってる。同じ文章打っちゃってるじゃない!もう!早くしないとブッシュ来ちゃうじゃない!』ちょっと怒ってます。

『けんちゃ~ん!もういい加減にしてよ!全部違うじゃない!改行がメチャクチャ!もうブッシュに間に合わないじゃない!早くぅ~!』『ちぇっ』

そんなお互いキリキリした雰囲気の中、事件は起こりました。

プリンターを50枚以上してると家庭用プリンターもちょっとした事でエラーが出たり、用紙が出てこなかったりあります。当然順番どおり印刷しないといけない。

家庭用のプリンターって印刷するとトレーに一ページ目の上に二ページ目が来てその次に三ページってページが増えるたびに

その上に重なって出てきます。

それを森田は分からなくて原稿のページをメチャクチャにして桂子に渡してしまったのです。

したら怒り狂いました。

『けんちゃん!これ!どうなってるの!!もう!!順番ちがうじゃない!!うすらバカ!』

俺も俺で何ヵ月掛けて文章を打って、校正して、打って、校正したかわかりません。しかも日本語じゃないのです、タイピングもままならない森田にとってブッシュに送る桂子の虚言に付き合って50枚以上の原稿を作るのは労力と時間を使うことなのです。もうこんな虚言に付き合ってられない!

そんな思いもあり頭にきて桂子の目の前でその50枚の原稿全部破ったのです。

『こんなもの!こうしてやるよ!こんなもの!こんなもの!これがいけないんだ!なにが!なにが磯崎増五郎だ!こんなもの!こんなもの!』

荒れ狂う我が子、枚散る原稿、ブッシュ、増五郎、桂子の頭にはそれらが泡となり消えていったのでしょう、せっかく、私が書いた文章、いろんな想いがあったのでしょう、

そしたらどうでしょう!桂子は息子によって破られた原稿を『こんなもの!』と言って自ら破り始めたのです!あんなに間に合わせたかった原稿を!

そして泣きながら次に言った桂子の言葉に呆然としました!こんなに身を粉にしているのに!いったい誰のせいだ!という想いがあったのでしょう!!

泣いて破りながら

『く~!!!こんなもの!!こんなもの!!こうしてくれる!!く~!!日本の為にぃ~!日本の為にぃぃ~!!』

『磯崎増五郎』~終夜~