ある男が近所にあるカレー屋さんの店頭に立て掛けている看板を眺めていた所 背後から「すみません」と言われました。
振り替えると女性が外国人と手を繋いでいます。
その女性は振り返った彼に「目黒川はどこですか?」と聞きました。
彼はたまたま先日見た「目黒区周辺地図という看板を思い出し「(指を差しながら)目黒川はこの下です。
向こうから流れてきてここの下(コンクリート)を通って向こう側に流れてますよ?」というと女性は理解した様子で
今度は「目黒駅はどっちですか?」と聞いてきました。
彼はまた指を差しながら「目黒駅は向こうです。遠いですよ?」というと
女性は「ありがとうございます。」といい二人手を繋いで示した方へ歩いていきました。
彼は仲睦まじいカップルの背中を眺めながらカレー屋の看板を後にしそのカップルの方向に後れて歩き出すことにしました。
そこで彼は気付きました。そのカップル歩くスピードがかなり遅いのです。
お互いの空気感がそうさせるのでしょうか 二人で心を通わせながら歩いているのでしょうか、
老夫婦も抜かす遅さで前をゆきます。
彼は今しがた道を教えたカップルを後ろから抜かす行動に「変な感じ」を覚え 「抜かす時なにか会釈でもしないといけないのではないか?」
「抜かした後何か話題にされるのではないか?」
「歩くの早いねと笑われるのではないか?」という考えが支配し前のカップルを抜いていいのか迷いました。
彼は歩くスピードを遅くし、まるで新しいダルマさんが転んだの形ように 向こうが立ち止まったら彼も立ち止まり、
歩きだしたら歩き、
万が一カップルが振り返った時彼女達が安心する「いい距離」を保つようにしていました。
そこで彼はふと我に返りました。
「俺は何しているんだろう」 「誰の人生なんだろう」 「これじゃたまたま道を訊ねて来た奴のいいなりじゃないか」
彼は急に自分に嫌悪感を抱き
それが足の爪の先からつむじまで煮え上がってくるのを認めると
フライパンの上にあるアイロンの電源を消し忘れた人のように走り出しました。
彼はこうして目黒川を訊ねてきたカップルを後ろから抜かしました。
そして暫くして 両手を振り 前にしていた足が地にいて 膝に手をつき 肩で息をする時 彼は「自分が今何をしていたのか?」
「今誰の人生だったのか?」
「目黒駅はどっちか?」 分からなくなってしまいました。
目黒川は今日も すららすららと流れています。