カンボジア2日目⑩

ベトナムに行ける手段がこんなにも普通な顔をして存在するとは知らなかった。

タイに2週間滞在するだけで終えようとしていた旅が
カンボジアに来れただけでもよかったと思っていたのにまさか陸路でベトナムに行けるとは。

帰国までの日にちもまだある。

ホーチミンまで行ってまたカンボジアに戻ってこよう。そしてまたタイ。

ホーチミンに行く前にシャワーを浴びたい。
ホテルをチェックアウトしたけど自転車で1日中廻ってたせいで汗を掻いた。

このまま夜行バスに乗って次の日夜までシャワー浴びれないのはキツイ。

ホテル「チャイタレー」に戻り、
どうにかシャワーを浴びせてくれないだろうかという英文と顔つきを考えて従業員に伝える。

あっさり「いいよ!いいよ!」とオーケーもらった。
ここのホテルはチェックインカウンターのすぐ横にトイレ兼シャワールームがある。

形はユニットバスだが日本のようなユニットバスとはいえない。

便座の真上にシャワーがあって人が2人入れるかどうかの狭いスペースだ。

私はリュックを外に置いとく事も考えたが
肌身離さずが原則な為に
一旦便座に蓋をしてその蓋の上に置いておいた。

すっ裸になる。

いざシャワーだと時になって
リュックを掛ける所がないのに気付く。

こんな狭いスペースでシャワー浴びたらリュックが濡れてしまう。

外に出しておくと盗られる。

仕方がないからリュックが濡れないように便器より低い体勢で体を中腰にしながらシャワーを浴びる。

なんだこれは。

俺はカンボジアまで来て便器より低い体勢で何をやっているのだろうと身の不遇を嘆く。

「リュックさん」が濡れないように
人間がリュックさんより低い位置でシャワー浴びてはダメだろ。

あー腹立つ。

しかもシャワーの勢いが悪い。
あーもう我慢できない。

一旦シャワーを地面に置いて、
人間として立って、
蛇口をひねった。

その瞬間だ、

地面に置いてあったシャワーがTRFのサムみたいに暴れ出してリュックびっしょびしょ!

あー!

サムが言うこと聞かない。

うわっ!ぷっ!顔っ!
ぺっ!

最悪。

一応浴びたんだか掛けられたんだか分からないシャワーが終わった。
濡れたリュック担ぎながらボーイに「センキュー」と礼をする。

なんのセンキューなんだよ。
リュック濡らしてくれてセンキューみたいになってないか?

このホテルはいいホテルだった。
カンボジアに行く人に紹介してあげよう。

シェムリアップ〜ホーチミンまでのバスチケット20ドル。
ここのゲストハウスでバスが来るまで待ってろと言われている。

タケオハウスのテレビは緑色を背景にカンボジア大統領を映している。
カンボジア2
日目⑩
この人の名前は分からない。

子供に聞いてみた。
「トゥーサン大統領」というらしい。

タケオハウスを経営する家族と一緒になって、
玄関先の大きなテーブルに置かれた16インチのブラウン管テレビを眺めていた。

私はその大統領演説に違和感を感じざるを得なかった。
壇上のマイクに向かって何かを訴えている大統領は定点カメラ1つで処理されていて
場面も切り替わらない、ズームもされないままだった。
簡単に放送されている印象というよりはある種国民が集中して訴えを聞ける手段のように思えた。

私はこれが「社会主義」なのかもしれないな。と勘繰った。

日本のニュースのようにコメンテーターがいる訳でもないし、
何をかいわんやの編集もない、
見方の方向性を植え付ける字幕もない。

なんの思考の邪魔もしないただ一点の斜め下から凝視するカメラアングルはこの国の代表の主張がストレートに伝わる最善の方法だった。

同時にそれは退屈を生んでいた。

私は隣で熱心に見ている13歳くらいの子供に
「この人は怒っているのか?」
と聞いた。
「怒ってはいない」らしい。
え?これ怒っていないの?怒っているでしょ?

続けて「毎日この演説をやっているの?」
と尋ねた。

すると「最近カンボジアで起こった水祭りの事故の事だ。今日は特別だ。」と感情なく答えた。

そういえば日本でもニュースになっていた。
首都プノンペンで祭に来た群衆が橋の上で将棋倒しになり300人以上が亡くなったという人災だ。

私は日本で得た世界のニュースを現地でリアルタイムに考えさせられる場面に初めて遭遇した。

願わくはこの国の元首が何と言っているのか知りたかったが
あまりにも家族がテレビを注視する姿に
私が聞きたい事を聞いてその注意を削いでしまう事がないように質問をためらい、自制した。

家族は日本人がこの国の事故に関心がある事が嬉しそうだった。

母親は初めて笑顔になったし
何やら子供達に日本人について話していた。

確かに外国人がニュースで流れている話題について質問してきたら笑っちゃうかもしれないし距離が縮まるかもしれない。

私はこれはいい手段だと思った。

テレビの中の元首は人差し指を有効に表して語気強く荒れている。

私はあれは祭りを過小評価し過ぎた警備の問題じゃないのかな、ただそれだけなのではないかと冷たい考えだが
そこに怒っているのか?
もしその他の事なら何故事後にこんなに怒れるんだろうと理解しようとした。

一国の主が怒っている姿にパフォーマンスのような軽い物を感じた。

ふとテレビを凝視していた母親が奥の厨房に引っ込む。

子供は親の目を盗み今だとばかりチャンネルを変える。

いろいろザッピングしてドラマに落ち着く。
カンボジア2
日目⑩
その様子を見て「やっぱりそうだよな。」と安心する。
ずーっと真剣に見ていたと思ったら、
誰かの恋の行方が気になっていたんかい。

子供は私に気を使って大統領の話真剣に見ていたよね?
大丈夫?
とドラマにした事を申し訳なさそうにする。

私は「どうぞどうぞお好きに。」と委ねる。

暫くしてお母さんが戻ってくる。

息子はササッとチャンネルを戻す。

画面は大統領が怒ってる姿を映す。

暫くしてお母さんが厨房に戻る。

今度は私がお母さんを恐れているかのようにわざとササッとチャンネルを変える。
ただどのチャンネルがドラマか分からない。

お母さんが帰ってくる。

慌てチャンネルを大統領に戻す。

子供はげらげら笑う。

それがウケるもんだから何回か繰り返した。

子供があなたはどこの国の人だ?と聞いてきた。

ジャパニーズだと答えるとチャンネルを変えてくれて「NHK」にしてくれた。

うわ!流れてるの!?

子供は得意そうに笑っていた。

なんの言語の変換もなく日本の演歌歌手が歌う様子が流れている。

暫くカンボジアの子供達と誰だか分からない演歌を一緒に見入るというシュールな時間が流れたが
子供達にしてみれば日本語分からないし
私の為に日本の番組にしてくれて
この親がいない貴重な時間を捧げてくれていると思うとなんだか悪い気がして
本当はこれが見たいんでしょ?と、
ドラマに変えてあげたらエヘヘという笑顔になった。

厨房からお母さんが「もう寝なさい!」みたいな声を掛けたのか
テーブルを片付けに入った。
子供達と別れを告げると
さてと
今後のスケジュールについて考えなくてはいけない。

結構前から気になってはいたが
テーブルの後ろにいるのは欧州だかなんだかの外国人のグループ3人が2組。
あとアジア人女性が2人。

この人達とベトナムに行くのか。

ん?
話し声が聞こえてくる。

耳に入ってきたのは聞き慣れた日本語だった。