インド3日目⑨

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おっさんはお客への「お釣り」を渡していた。

ただお釣りはお釣りの顔をしていなかった。
おっさんはその代わりに幾つかのキャンディを渡し「なんだこれは?」と抗議を受けていた。

目の前でインド人対インド人の化かし合いが繰り広げられている。
おっさんはたじろぐのかと思いきや、
お前の目は節穴かというようなスタンスで「キャンディだ」とつっぱねる。
カウンターに置かれた両肘はその位置からずれない。
クレームに一歩も引かない、前傾姿勢がおっさんのスタイルみたいだ。

お客が「いらない。硬貨をよこせ」と当然の要求する。
おっさんは「なんだ。キャンディより硬貨の方がいいのか。世の中にはいろいろな変わり者がいるもんだな。。」という目線の落とし方をしたあと
正規のお釣りをカウンターに投げた。
おっさんはキャンディをその入っていた菓子箱に戻してまた前傾姿勢でお客を迎える。

オールドデリー駅周辺を散策したわたしはこのジューススタンドに落ちていた。

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駅の荷物検査はインドの国民性を表している。

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普通それは厳格なチェック体制の元行われるものだが、
もはや形骸化されていて、
スーパー銭湯からの家路途中のような人がチェックしている。
その緊張感のなさにどこかのコスプレ好きが勝手に座っているのではないかと勘ぐれるほどだ。

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そのような空気感は乗客にも伝っているようで、
別段荷物からわざわざPCや金属機器を出して流し込むというような手間はせず、
人々は無作法に荷物をベルトコンベアに置く。

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もし散弾銃と爆薬しか入っていない荷物がそこを通ったら
『銭湯帰り』は「これは何かの間違いかもしれない」とモニターのほうを疑うのではないか。
もし手榴弾を裸のまま置いて流したらどこかの荷物のサイドポケットから出た洋ナシとして処理されるのではないか。

駅前には見るからに重そうな一斗缶がノーマークで置かれている。

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見覚えのあるその形の中身はミルクだろう。

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別の土地から鉄道に乗ってデリーに辿り着いたそれらは、
誰かによって駅前のロータリー付近に置かれたようで、誰の管理下にもさらされない時間を過ごしている。

この時間にこの場所これが置かれてたらそれは「わたしから」だから持っていけ。というようなメッセージ付きの様な気がする。

わたしが「盗まれないのかな?」と注視していると、

どこからかサイクルリキシャーが2人現れる。
その自転車の荷台はそれ専用の構造をしているようで、彼らは慣れた手つきで固定するための手順を踏むと、

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息ピッタリに去っていった。

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彼らはミルクを運ぶ職人なのだろう。

そんなことを思い出しているとスタンドでは別の賑わいが起こっていた。

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おっさんがお釣りの代わりにキャンディを渡したのだ。

わたしは作戦に失敗して反省していないおっさんに話しかけた。
先程のキャンディを指差し「少しください」と頼む。
おっさんは何も発っすることなくわたしの手のひら分のキャンディを乗せてくれた。

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もらっといてあれだが、
わたしがタダでもらたキャンディをなぜ客にお釣りとして渡したのだろ。
このキャンディを世の中に広めたいのか?
おっさんは生まれながらにしてお釣りを渡すのが嫌いなのか?

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また、おっさんの暴走は止まらない。
おっさんはお客が来ないと自分の店で売っている商品を食べ始めた。
もしわたしが「え?売ってる物食べちゃうんですか?」と野暮な質問をしようものなら「地球は周るだろ?時は進むだろ?店のものは食べるだろ?」と物事の真理として諭されそうだ。
おっさんは子袋に入っている粉末剤(インド版タバコ)を口の中に入れるとそのゴミを自分の店の前に放り投げた。

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気付いたのだが、
おっさんはとにかく投げる癖がある。
お客が「あれをくれ」と指差す。
お客は硬貨や札をカウンターに置く。
おっさんは手を伸ばして取った商品をカウンターに放る。
叩きつけられた商品はワンバンしたり、スーっと滑ったりして止まる。

商品によってはお釣りが出る。
お釣りを手渡しなどしない。
カウンターに放る。
おっさんの手で一回まとまったお釣りはその形を崩し、
カウンターにばら撒かれる。
さぞお客は不快に思うだろうと思いきや、平然とばら撒かれたそれらを取り、去ってゆく。

そういえば先程のもそうだ。
わたしがこのスタンドでアイスバーを買い、食べ終わった棒を「ゴミ箱はこれ?」と聞くと、
おっさんはジェスチャーで「投げろ」という。
「え?投げるの?どこに」わたしが戸惑っていると「そこらへんに投げろ」と促す。
わたしは言われたとおり店の前にゴミを放る。
ゴミは低い弧を描くと道路前にさらされる。
なんだかゴミがわたしを恨めしそうに見ている気がする。
「これでいいのか」と振り返る。

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おっさんはまた「物事の真理」を研究しだしている。
通行人もお客も外国人がゴミを投げた事に何の違和感もなく、咎めることなく見過ごす。

わたしはこの国の大変な問題を見た。
ローカルだけかもしれないが、
彼らのゴミに対する意識は「そんなもん誰かが仕事として集めるのだからわたし達には関係ない。」
もしくは「全ては土に還る。人間もそうだろ?」等の考えなのだろうか。

「だからか。。。」わたしはなぜ道路にゴミが多いのかその一端を見た。

暫くすると少年が店に入ってきた。
彼が出て行くと、奥から身体が豊かな女性が店頭に出てきておっさんに小皿をわたすとまた戻ってゆく。

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おっさんは店をやりながら夕飯を素手で食べ始めた。

お釣りをキャンディにしようとする。
商品を投げる。
店のものは食う。
ゴミは店先に投げる。
レジで夕飯を食う。

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おっさん。。

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これおっさんのおでこに投げたろかな。

わたしはオールドデリーのこのスタンドで多くの時間を過ごした。
無口なおっさんはわたしが去ろうとした際は悲しそうに視線を下にしてくれた。

もうそろそろジャイプル行きの列車が到着する頃だ。