【アーグラの夜猿】インド3日目②

「お前は何をそんなに怒ってるんだ?」

今朝バラナシ駅で乗り込んだタクシー運転手にわたしは質問された。

この言葉は後々まで飲んでも飲んでも喉元で引っ掛かっているトゲのように残ることになる。

「(そんなに殺気立って)お前は何しにインドに来たんだ?」と言われている気がしたからだ。

確かにわたしは何で怒ってるんだろう。

インドに来て以来ずーっと怒ってる。

「事件を楽しむ」予定でいたがいつしか事件に本気になっていた。

さっき店頭に腰を下ろしcokeを飲んでいる時に話掛けてきたこいつは
「こっちだ。こっち。」
とわたしの前を歩く。

「事件を楽しむ」ということ。

今からわたしはこいつについて行きどこまで騙されたら危なくてどこまでが大丈夫なのか?という境界線を調べに行く。

男は164位の真っ黒な青年。24位だろう。

さすがに一日中「キャッチ」をやっているとしんどいのかタオルを頭から巻いて顎下で結んでいる。

顎下が「ガンジス川に連れていってやる。こい。」と先導する。

また騙されるかもしれない。
ただ今回は
自分から事件に片足を突っ込みにゆく。

ただ一方で信じていた。

その理由は
前を行くこいつはかねてからわたしがバラナシに来たら「ここに泊まろう」と決めていたホテルの従業員だったからだ。

「エクスキューズミー。ホワッハプン?」

先程店頭でcokeを飲んでる僕に話掛けてきたこいつに「ガンジス川まであとどのくらいか」聞いた。

聞いただけ。
信じない。
参考にする程度だった。

連れていってやるよ。
と言う。

わたしは「自分でいける。」と突っぱねる。

いや連れていってやる。
と聞かない。

わたしはそもそもお前は誰だ!と聞く。
「フーアーユー」

男から名刺を渡された時、もし違う国に来ていたら「今日ここのホテルに泊まろうと思ってたんだよ!!丁度よかった!ホテルにいこう!」と握手していただろう。

ただここはインドだ。

興奮したらスキが生まれる。
わたしは内心びっくりしながらも「ふーん。」と冷静を演じていた。

バラナシは海外からの旅行者がよく来る観光地だ。

ガンジス川を見たいというのが主な理由だが
ホテルの数は大小合わせると300近くあるという。

決して大きくないこの町で自分が探していたホテルが「ホテル」の方から来た。

以上の2つの理由で今まさにこいつの背中を追っている。

「ガンジス川に行ったあと僕のホテルを見るだけ見たらいい。」と男は言った。

「見るだけなら」と了承した。

クラクションと人混み。
お前は慣れてるからいいけど。
それにしても歩く。

「まだ歩くのか?」

「こっちだ。」

「どのくらいだ?」

「ヰ♀▽●」

何言ってるかクラクションで分からない。
伝える気もないのだろう。

暑い。
一体今気温は何度だ。
何でインド人は汗をかかないんだ。

誰一人一滴もかいていない。

不意に路駐してるリクシャーインド人と目が合う。

わたしと目が合うインド人は眉毛を上下させるだけで「乗ってくか?」と誘う。

よく人の目を見てる。

合った瞬間上下させる。

こうやって男についていってる最中もリクシャーに声をかけられる。

ガンガーまでエスコートする男がヒンドゥー語で何やら言うとリクシャーは去って行く。「俺の客だ」とでも言っているかもしれない。これはこれで悪い虫がつかない。心なしかこいつの歩き方を後ろから見ていると「俺は日本人と一緒に歩いているんだぞ!インド人どけどけ!」と言っている気がする。
自慢気な気がする。

「危ない危ない。」
車が来ているのに男は道路を平気で横切って行く。

手で車を制して横切ってく。

しかしこいつはどんどん歩いていく。

なんでこいつは後ろにいるわたしの事を気にしないでどんどん歩いて行くのだろう?

「こいつのペースになってるな、」と思ったわたしは試しに「まく」事にした。

狭い路地に入っていくあいつのスキをついてわたしはわざと違う方向に歩く。

わざとはぐれる。

「今だ。」

あー、せいせいした。

ホテルは後で探せばいいし
大体ここまで来ればガンガーは目と鼻の先だ。

こういう風に案内させといて、
大体の所まで来たら「まく」のも今後使えるかもしれない。

「ヘイ!ヘイ!」

追ってきた。無視。

「ヘイヘイ!」

捕まった。

「ヘイ!」
なんだうるさい。

男は「なんでどっか行っちゃうんだ!ちゃんとついてこい!」と烈火のごとくだ。

腹立って言い返した。

「これは誰のツアーだ!
俺のツアーだ!
お前のツアーじゃない!
どんどん行くな!」

小道ばっかり行きやがって、メインストリート、もっと安全そうな所から行けるはずだ。

人が一人通れるか否かぐらいの、同世代の方に分かりやすくいうと
こいつは藤子不二夫?先生の作品に出てくる
「ラーメンこいけさん」がいるような場所、
人と人の部屋の間のような道ばかりすり抜けていく。これじゃぁわたしは道を知らない忍者ハットリくんじゃないか。

その道は普段から空気が通らない為生臭い匂いが立ち込めてる。

これは明らかに人の糞尿だろってのをギリギリで踏まないように進む。

このインド旅行で後にも先にもこのガンガー近くの狭い路地(ガート周辺の路地商)の匂いが一番ヤバい匂いだった。

こんな細い地元の奴しか知らないような道で

着いたその先が袋小路だったらどうするのだろう。

そして男達が待っていてわたしを囲み、身ぐるみ剥がし持ってかれたらアウトだ。

これはまずい。

こんだけ不穏な旅を続けているといつも最悪な結末が容易に想像できるような頭になる。

なので怒っていい。

「自分はこのような道を歩くのは怖い。もっと大通りを歩け。」
と要求する。

「ここからガンガーに行くしかない」

続けて奴は「僕のホテルが近いけど、荷物重いだろ?ホテルで荷物を置いてからガンガーを見に行ったらどうだ?」と提案してくる。

わたしは「デイスイズマイツアー。ユーアンダスタン?」

お前が決めるな。
まずガンジスに行きたいんだ。と言う。

日本語ではきつく聞こえるかもしれないが
話を反らしてくる奴は危ない。
こちらを気遣ってるフリして自分のペース誘い込む。
わたしは書き忘れたが
男の背中を追って歩きつつ、通りすがりのインド人に「ガンガーはこっちか?(男が行く方向で合ってるか?)」と聞きながらついていってた。

まずガンガー、ホテルは次!を
「オーケーオーケー」
と前を歩きながら背中で言う男に「本当にわかったんか!」と日本語が出る。

相変わらず狭くて蝿が舞う道を通るのが好きな奴だ。

男が「ここはテンプルだ。」と歩きながら指で示す。

橙色のサリー?を来た女性が大人数で歌っている。

女性達とすれ違っても僕と目があわない。

いや、目線が合っているのに合っていない。

一心に祈りを捧げて歌っている為見えていない。
こっちだ。と急かされる。「こっちだこっちだ」うるさい奴だ。またウンコが落ちてるし。「こっちだこっちだ」で来てみたらウンコ落ちてる。まるで俺がウンコを探してるでっかいハエみたいじゃないか。わたしは形のいいウンコを探しに日本から来たのか?

やがて暗い背の低いトンネルに入る。

かがんで歩く必要はないが頭スレスレだ。

トンネルで響く歌声。

何かの宗教なのだろう。

金物をチーンチーンと鳴らす音。

何かの宗教なのだろう。

トンネルを行き交う人の両サイドで座って喜捨(お金)を乞う老婆。

何かの宗教なのだろう。

わたしには分からない。

何かの宗教なのだろう。

日本にあるアジアン系の雑貨屋さんで嗅いだことのある匂い。

真っ暗のトンネルというよりマンホールを抜ける。

目の前に光が戻る。

当たり前のように男が伝える。

「みろ。ガンジス川だ。」

ガンジス川

ガンジス川

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