左手

三夜連続でお送りします。二夜目の今夜は『左手』と言うお話です。

あの時・・・

おかん(桂子・母親)は、食いづらそうだったなぁ・・・

これは森田家に初めて

『ビデオデッキ』が来た時の出来事です。

けんじ中学1年生。

タケヒロ(兄貴)高校1年生の頃。

その頃、森田家にはテレビが一台しかありませんでした。

家族が夕飯の時、食事をしながら見れる和室にありました。

そんな中、我が家にビデオデッキがやって来たのです。

しかし、

一週間ぐらいすると、

タケヒロはそのビデオデッキとけんじに腹を立ててました。

何でだと思いますか。

理由は、けんじがビデオを録画しすぎてるからです。

タケヒロは

『どうせそんなに録画しても見ないんだから録るな!』と怒り、『けんじ!次、テレビ番組をビデオに録ってたら許さないぞ!分かったか!』とまで言い出したのです。

タケヒロが怒るのも無理がありません。

なぜなら、

けんじはビデオが我が家に来たことが嬉しくて嬉しくて、しょうがなくて、毎日、6時間くらい、何かしらの番組を録画していたのです。

でもけんじも悪気はありません。

だって考えてみてください。

今でこそ一家に一台は当たり前ですが、あの当時結構高価で、しかもビデオって、あの好きな番組が何回も見れるんですよ?そんな機械がついにやっと森田家に!

ちょっとした興奮状態だったのかもしれません。

そんな中、

ついに事件は起きました。

桂子とタケヒロとけんじでプロ野球中継を見ながら夕食をしていた時です。

テレビの下にあるビデオデッキから音が鳴りました。

ウィーン・・・ウィーン・・・ガチャ・・ガチャウィーン・・。

ビデオテープを録画スタンバイするビデオデッキの音です。

すると、ビデオ嫌いのタケヒロが食べていた茶わんをちゃぶだいに置くやいなや、

『けんじ!!まさかお前!またテレビ番組をビデオに録っていたのか!?』

と、ものすごい剣幕で詰めてきました。

けんじが、

『プロ野球が見たくて・・。』

というと、

『お前!今プロ野球見ているのに、また後で同じ試合のプロ野球見るのかよ!!』

タケヒロは怒っています。

賢二がプロ野球をビデオでとるから。

その日は一旦終わりました。

次の日また事件が起こりました。

プロ野球中継を見ながら食事をしていると、

ウィーン・・・ウィーン・・・ガチャ・・ガチャウィーン・・。

すると、タケヒロが食べていた茶わんをちゃぶ台に置くとけんじに聞いてきました。

『けんじ!!まさかお前!またプロ野球をビデオにとってたんじゃねーだろーな!?』

『プロ野球が見たくて・・。』

というと、

『お前!今プロ野球見ているのに、また同じ試合のプロ野球見るのかよ!!』

タケヒロはキレています。

昨日あれ程プロ野球を録画するなって言ったのに、

けんじはプロ野球をビデオで録ってる。

ついにタケヒロは怒り狂いました。

毎日毎日プロ野球を録ったからキレたのです。

タケヒロはけんじに言いました。

『けんじ!』

『何?』

『お前昨日あれ程プロ野球中継を録るなって言ったろ!?』

『だから何?』

『お前罰として、食事中、ずっと左手を上げてろ!』

『え?』

『左手をずっと上げながら食事しろ!』

賢二は黙って命令に従いました。

左手を上げながら、

おかずを食べて、

左手を上げながら、

お味噌汁を飲んで、

左手を上げながら、

ご飯を掻き込みました。

なんか『常に発言がある人』みたいな形でご飯を食べてました。

暫らくすると、

見かねた桂子が言いました。

『お兄ちゃん!いい加減にしなさい!なんで賢二が左手を上げながらご飯食べなきゃいけないの!』

『うるせーよ!ビデオ録ってるのが悪いんじゃねーか!』

『けんちゃん!降ろしなさい!』

けんじは『助かったぁ』と思い、左手を降ろすと、

タケヒロが言いました。

『けんじ!誰が降ろしていい、って言った?左手をあげてろ!』

けんじはまた左手を上げました。

すると桂子が『けんちゃん!左手を降ろしなさい!』

するとタケヒロが『けんじっ!誰が降ろしていいって言った!』

左手を上げる。

『けんちゃん。降ろしなさい。』

『けんじ!誰が降ろせって言った!』

その日、けんじはプロ野球をビデオに録ってたばっかりに、左手を上げたり下げたりしながら食事をしたのです。

次の日また事件が起こりました。

けんじはどうしてもビデオに録りたい『プロ野球』がありました。

長島巨人がメイクミラクルを起こしている真っ最中。

本拠地東京ドームに戻って広島との首位攻防戦です。

どうしてもビデオに録りたかったんです。

その日の食卓で3人で飯を食べていると、

ウィーン・・・ウィーン・・・ガチャ・・ガチャ・・ウィーン!

タケヒロの箸が止まりました。

『あれ?』

『どうしたのタケちゃん』

『今、ビデオ、音しなかった?』

『してないでしょ、早くたべちゃいなさい!!』

ガチャ、ガチャ、ウィーン、ウィーン、シキッ・・・。

『賢二。お前まさか・・・』

『何?』

『またプロ野球を見てるのにプロ野球をビデオに録ってるんじゃねーだろーな。』

『録ってないよ・・。』

ウィーン、ウィーン、シキ、ウィーン。

『けんじぃ!!左手を上げながら食事しろっ!!!』

『たけちゃん!いい加減にしなさい!』

『けんじがプロ野球観てるのにプロ野球ビデオ録ってるのが悪いんだろーが!』

『けんちゃん!!左手を降ろしなさい!』

するとタケヒロが

『わかったよ、じゃぁ左手は降ろしていいよ・・・』

助かった~。と思ってると

『けんじ。』

『何?』

『立ったままご飯を食べろ。』

『たけちゃん!』

10分後

『けんちゃん・・・・。いい加減座りなさい。立ちながらご飯食べたらお行儀が悪いでしょ。』

助かったぁ~。

と思って座ると、

『けんじ!誰が座っていいって言った?』

立つと。

『けんちゃん!座りなさい!』

『けんじ!誰が座っていいって言った?』

『たけちゃん!』

『うるせーよ!親は黙ってろ!!』

『可哀そうじゃない!!』

『うるせーよ!何で口出しするんだよ!お前も左手あげてろ!』

5分後

桂子は左手をあげながら食事をしていました。

その日、

桂子は左手を上げながら、けんじは立ちながらご飯を食べました。

桂子は左利きなので食べずらそうでした。

~第二夜~『左手』