わたしが通っていた小学校では「自転車は小学4年生になってから。ただ補助輪を付ければその限りではない」というルールがあった。
多くの同級生はその退屈なルールを反故にして遠い友達の家を近いものにしていた。

わたしの家庭は自転車が1つしかなかった。
母親がそれを使っていた。
今では1万円以内で買える自転車は当時もうすこし距離がある金額だったはずだ。
ようするに我が家にとって自転車は「車」だったのだ。

わたしが記憶している最初の自転車は「黄色の自転車」だった。
その色は今この時代に照らし合わせても「奇抜な色」だろう。

当時その色はご多聞に漏れず辺りを払っていて、

子供ながらに恥ずかしかった。

後ろに乗っけられ、わたしを乗せた「黄色」がスーパーの駐輪場に着く。
黄色が到着したのだ。
例えるなら、映画館での鑑賞中に急に立ち上がって奇声を上げているかのような。

その黄色は黄色過ぎたのだ。

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