「お前はコレを知ってるか?」

7月15日インド北部を襲った大洪水はわたしがこの旅を始める前に起きた災害で
世界的なニュースとしてよく知っている。
今はあれから2週間程経っていて、
連日インドのテレビは被害状況を伝え、
新聞の見出しは大きな字体で紙面を埋めている。

わたしはハリドワード駅前にある床屋の待合い椅子に座りながらテレビを見ていた。
ニュース番組はいかに局地的な豪雨が被害を拡大させたかをCGで解説している。
従業員と散髪途中のお客はその手を止め、食い入るようにテレビに向きを直し、新たな情報としてあの悲劇を理解しようとしていた。
ヒンドゥ語が分からないわたしでもなんとなく見ていれば分かる。
山と川と街と気象状況がグラフィックな描画で表されていて、段階的に解説しているのでなんとなく入ってくる。
急激にできた雲がヒマラヤ付近の気象と相まって豪雨をつくる。
その大雨で起きた崖崩れが谷底の街を飲み込む。

やがて大きな洪水は人々の拠り所だった寺院を襲い、
最初は寺院が洪水を2つに分断させるのだが
やがて増水し、濁った土砂に覆いかぶさられた寺院が崩れ流されるシーン。

何度も見たであろうそのニュースを店内にいる皆で今一度見ている。

「わたしはこのニュースは知っている。有名だ。」
床屋の主人の質問に答えると、
彼は一旦ハサミに目をやり、「私も日本で起きた地震と津波の事は知っている」と残念そうな表情をする。

ハリドワードに戻ったわたしはニューデリーに戻りたくなった。
人間人間しいあの街に身を投じることでどんな日常生活が起きているのかヒアリングしてみたくなった。

列車まで時間がある。
わたしが床屋に入ったのは髪を切りたいからではなく遊び心からで
もしわたしのこの髪の少なさで床屋に入ったら一体どう料理してくれるのだろうという好奇心からだった。

流れているニュースの会話をしていると子供達が店内に入ってくる。
11歳ぐらいの背丈の3人で、長椅子の大部分を占めて座っているガタイのいい外国人に笑顔が消える。
彼らはまさかこんなローカルの床屋に外国人がいるとは思わなかったのか驚いたみたいだ。
安心させようとわたしが「やぁ。」とやると、
彼らはそれまで笑っていた内容とは別の面白さを見つけたような表情に変わり私の隣に座る。

「そういえば!」すっかりテレビに夢中だったわたしは主人に料金を聞く。
主人はハサミを動かしながら「100ルピー」だという。
それを聞いた子供達が笑っている。
わたしは子供達が笑っていることに違和感を感じ、
ふっかけてるのか?正規料金なのか?と思い、
形式的に「高いね!笑」とカマを掛けてみた。
それを聞いた子供達がいよいよケラケラしてる。

主人は髪を切りながらびくともしない。
わたしは主人に意地悪をしてみたくなった。
「わたしは髪が無いんだぞ?切る所がないのにその値段か?」
「笑。みんなその値段だ。」
子供達が腹抱えて笑う。

「他の人は切る所が沢山だ。見ろわたしの髪を。何もないぞ。それで100ルピーか?」
子供達がいいぞやれやれとはやし立てる。
わたしは聴衆に乗せられる。
「100ルピーの内訳を教えてくれ。」と困った客を演じる。
主人は笑いがらこたえる。
「髪が50ルピー。髭が50ルピーだ。」
髪と髭が半分半分はおかしい。
「見てくれ主人。俺には髪がないんだ。だから髪50はおかしくはないか?」
笑っているだけで値段を下げない主人と、子供達の笑い声、
わたしはこれでもかとブラックジョークをいう。
「you know,I love india! I hate Chaina too!」

聴衆の笑いは誘えたが値段は下げてくれない。
多分本当に正規の値段なのだろう。

0356

日本の散髪バサミは肌に当てる先は丸みがあるが、

インドのハサミは先が少々尖り過ぎているようだ。

0357

ちょっと血が出た。