0125

4時40分起床。
窓から吹く風が汚い麻カーテンを揺らす。

どうやら興奮しているせいか深い眠りにはつけなかったみたいだ。

この部屋は残酷だ。
部屋の鍵はいわゆる南京錠式なのだがドアとそれを受ける部屋のツガイ部分が
合わない。
また扉は扉で始末に終えない。
どう設計したのか、丁度引き戸がサッシのレーン部分と摩擦を起こして閉まらないように
押し扉もなにかの抵抗で隙間を残す。
丁度ジャックニコルソンの顔1つ分の隙間を残すから怖い。

わたしはこの盗人に親切な部屋に注意を払う必要があるみたいだ。

シャワーを浴びる際は万が一誰かが勝手に入ってきても対処できるように
その扉を開けておかなければならない。

丸型パイプ椅子をシャワー室の目の前に移動させてその上にザックを置く。
常に見張れる場所に位置させて注意を払わなければならない。

シャワー室にはバスは付いておらず、
その床は部屋とフラットな高さにあるため落ちてくる水滴が弾けて部屋を濡らす。
しょうがない。
どうせこの暑さで乾きも早い。このような仕様なのだからこういうことだろう。
体を流した今日の汚れは何かに導かれて排水溝に向かうわけでもなく、
ただ足元に浮遊して溜める。

石鹸は固くて泡立たない。
砂消しゴムのようなそれを今日着ていたシャツにこすり付けて洗う。
適当に干しておけばすぐ乾くはずだ。

窓から外を見下ろすと
人々はまだ寝ているようで街は動いていない。

0127

わたしはこの動いていない街で動いている自分に優越感を感じることがある。
誰も知らない時間を知っている自分。
それはインドが朝早く起きた自分に秘密を教えてくれるようで、
ホテルの前はそう思わせるぐらいのオレンジ色の温かい光を残して朝を待っているようだ。
時折横切るリキシャーは道路で寝ているインド人を起こさないように通り過ぎて行く。

わたしは6時30分ニューデリー発ハリドワード行きの鉄道に乗らなければいけない。
そしてハリドワードからバスで乗り継ぎヨガの聖地リシュケシュへ。
今夜はリシュケシュで泊まることになるだろう。

散らばった荷物を大事なもの、
宿泊する部屋に着いたら出すもの、頻繁に出すもの、すぐ必要なものと区別して
まとめる。
4階の部屋からフロントまで降りる。
食べ終わったタリーの皿が階段に置いてある。
もう何ヶ月も片付いていないであろう空のペットボトルが階段に置いてある。
そういえばこのゲストハウスで外国人は見なかった。

フロント前は真っ暗で、外から漏れてきている光でなんとかその様子が分かった。
ゲストハウスの従業員、従業員といえない、ここをを営む家族はフロント前で舟を漕いでいる。
彼らは満室の場合に備え、フロント前で寝るのが習慣になっているのだろう。

わたしは起こさないように、出ようとすると気配に気付いた眠りが浅い少年がわたしに気付く。

防犯の意識はあるみたいだ。
少年は眠気眼で立ち上がり、棚にある分厚い宿泊者の帳簿を出すとカウンターに広げ「ここにサインしろ」という。
「お金は?」と言われ「払った」というと確認もせず、そうか。まあどっちでもいい。みたいな顔をしてまた寝床に戻る。

駅に向かう途中話しかけてきた2人組がいた。
彼らは「こんな朝早くどこに行くんだい?チャイでも飲んでいきなよ。」とバンの荷台から呼び込む。

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わたしはそこに座ると「どこから来たんだ?」「どこに行くんだ」「結婚はしているのか?」等に答えながら頂いた。
「毎朝飲んでいるの?」
「毎朝だよ。」

陸橋の下では山積みの新聞が置いてあり、

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それを少年が細い自転車の荷台に積み、ハンドルを握りペダルを漕ぐ。
公衆の蛇口前には男が群がり体を洗う。
クラクションの音も増えてきた。
街が動き出している。
この国の匂いは今朝もする。

動き始めた街の中に腰を下ろしているとそれに呼応するように興奮してくる。
全て真新しく、興味を引かせる。
腐ったバナナを売る奴が荷台を引き、

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リキシャーが路上で寝ている奴に当然のクラクションを鳴らす。
物や人を運ぶ人々が往来する。
今日も何もしないインド人が「朝だから」の理由で外を歩いている。

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わたしはそろそろ行かなくてはならない。