この鍋は何を沸騰させているのだろう。
チャイか。

わたしが先程「200ルピーのゲストハウスはここら辺にあるか?」と適当な男に尋ねると男は心当たりがあるのか「こい」と無愛想にいうとわたしがついて来ているのか確認もせず進んでいく。

狭い道をどんどん進むのでわたしは抵抗も込めて立ち止まり、チャイにカメラを向けていた。
暫く眺めていると前をいく案内人の男は「珍しいのか笑」と心行くまで見ればいいと顔で教えてくれる。
そして訝しげにわたしを見るお店の男に「珍しいんだよ笑」と言う感じで伝えたみたいだ。
お店の旦那は笑顔になり「どうだ?一杯ほしいか?」と促す。
わたしは「いやいや大丈夫」と、
「そんなお気遣いしていただけなくても」というような表情で、
「こんな不衛生なもの飲めたもんじゃない」という心で断った。

何故このような日本で言うビルとビルの隙間のような場所で、
土埃舞うであろう膝下で作るのだろう。
作るだけでは飽き足らず勧めてくるのだろう。
チャイという飲み物は「汚い場所で作った方がおいしい」と言われているのだろうか。

男は建物の前でたむろしている友達と思われる奴に「なぜ今外国人を連れているか」伝えているみたいだ。
そして「ちょっとこいつと話してみてくれないか?」と英語のできる友達をわたしに紹介する。

男の友達に「200ルピーで泊まれるゲストハウスはここら辺にあるか?」と同じ質問をすると
「500ならある」という。
わたしは「あの男が『200がある』というから後をついてきた」
と苦情を申し立てる。

友達は「ここら辺一帯はその料金だ」
と仲介人が無知だった事をお知らせする。

わたしは「分かった別の奴に聞く。」
とカマを掛け「バァイ」と歩き出す。

友達はわたしを見送るが、ここまでわたしを連れてきた男は
「おいおいどこに行く。」
と追ってくる。
「ちょっと待て。わかったわかった。付いて来い。」

今度は本当にあるのか?

アラカシャンロードは比較的中級ホテルが建ち並ぶ。
それらの多くは9階建程のある高さで、
ネオンサイン看板のホテル名が
ここに訪れた外国人に自分達の居場所を教えているようだ。
またそれは一方で装飾された電球が品に欠ける色を落とし、
「隣りのホテルより目立ちたい」という想いがこの通りをうるさくしているようでもある。

ホテルの正面出口にも特徴がある。
どこもガラス張りで、それは出口だけにとどまらずフロントの様子が全て外から分かるような範囲まで及んでいる。
フロントが外国人のチェックインで賑わっているホテルは「人気があってサービスもいいのだろう」と好印象を与えるが、
他の多くのホテルは閑古鳥が鳴いていて、電気節約なのかフロントが暗く、
フロントマンというよりは「暫くここに立ってて誰か来たら教えろ」と言われているような子供が、
ソファーに座りインドのドラマに心を奪われてる。

アラカシャンロードですれ違うインド人をわたしを見る目も気になる。
この暗さでも彼らは瞬時にわたしを「外国人だ」と凝視し、
ある者は足を止めて暫く眺めたり、あるものは隣に「ほら見てみなよ」と情報提供し、
ある者は話しかけてくる。

その中でも目が合いこいつが一体何者なのかを理解しようとしている時
人は焦点は合ってはいるのに何か思考は停止しているような目をしている。

わたしは「ハァイ」と挨拶をする。
「外人、悪い奴ではない、あなたに呼びかけてる」という情報を与えるのだが、
彼らは振り絞って出た一滴のような「ハァイ」だったり、
待ってましたの「ハァイ」だったり反応はさまざまで、
中には「ハアイ」
とただ停止した思考の上に「ハァイ」を置いただけような人もいる。

インドの道は主要道路から一歩外れると総じて歩道と車道の区別がない。

ガードレールなどもちろんなくて歩行者はリキシャーにはねられたら「お前が悪い」といわれるのだろう。

砂は舞い上がるほどの軽さで、

何かの工事があり道が舗装されたのではなく、
多くの人が往来したことで平らになったのかもしれないと疑うことができる。
端のほうには行き場の失い未処理のまま忘れられている瓦礫や燃えるゴミ、ヘドロ等が積まれ
、全てが土に返る、違う奴の仕事だ、と無関心のようだ。

「ここのゲストハウスはどうだ?」男が伺う。
わたしは「200なのか?」と聞く。
「400だ。」
「200じゃないのか?」
「200はここら辺に無い」
「お前はさっき500しかないと言った。今400があった。300もあるし200もあるだろ笑」

400も200も大した差は無く問題ないのだが、
今後の7日間の為に
この国がどういう仕組みで値段を設定しているのか確かめなければいけない。

彼らは仲介人とホテル側でその都度交渉しているみたいで、常に料金は変動しているようだ。

わたしはこの「無い」というのはあなたが知らないだけなのか、あるけど遠くて守備範囲ではないのか、
はたまた本当に無いのか、あるけどフロントとの交渉に負けているのか、

確かめなければいけない。

男は「こい」とまた歩き出すと
知り合いの友達がやっているような唐突な感じでもう1つのゲストハウスに入っていき、
また暫くしてフロントから外に出てくると、
「ここはどうだ?」と勧める。
「いくらだ?」
「400だ。」
「200で探していると言ってくれ。」
するとなにやらヒンドゥ語でフロントと話し始めた。

照明に舞っていた蝿が私を見つけ弧を描き始める。

「350でどうだといっている。」
「わかった。ありがとう。ちょっと別の奴に当たってみる」
「ちょっと待て!フレンド!どこに行く?!わかった!付いて来い!」

この小出しにするのはなんだろう。
料金は下がるではないか。

わたしはこの交渉人が頭に「200」(ツーハンドレッド)が浸透していないと判断して
ちゃんと認知させるように「『200』と言ってみてくれないか?」と頼んだ。
男は「200」という。
わたしは「そうだ200だ。」とよくできたという。
「200。」
「そう。わたしに続いて200と言ってくれないか?200!」
「200笑」
「200!」
「200」
「200~♪」
「200~♪」

「200~♪」
「200~♪」
わたしが「ツーハンドレッド」と言うと「ツーハンドレッド」が返ってくる掛け合いが続き、
なんだか楽しくなってきた。
これで分かっただろう。
必ずや次は200のゲストハウスに連れて行ってくれる。
ツーハンドレッド君も楽しくなってきたのか笑っている。
「ここだ。ここがそのゲストハウスだ。」
そういうと、ツーハンドレッド君が交渉を終えて出てきた。

「ここのゲストハウスはどうだい?」

「いくら?」

「スリーハンドレッドだ。」

ツーハンドレッド君の顔をしたこいつは実はスリーハンドレッド君だったようだ。